榛色の瞳

□榛色の瞳 2
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体調不良が続き、月経もかなり遅れている。
そんな状況であれば、大体の女性は悟ることがあるのである。




「おめでとうございます。妊娠11週目ですね。」

「…ありがとう、ございます。」

体調の異変を感じて病院を訪れた沙羅は、冷や水を浴びせられた様な気分になり全身から血の気が引くのが分かった。
なんとかその言葉を絞り出したが、醸し出す雰囲気で何人も診察してきた医師には、彼女にとって妊娠が好ましいものでは無かったのだと分かったのだろう。
カルテに視線を落としながら「…中絶出来る期間は限られていますので、余り時間は無いかもしれませんが、良く考えてくださいね。」と口から溢した。



なんとも覚束無い足取りで帰宅すれば、彼に対して憎しみや愛情、不安、様々な感情から出てくる涙が溢れて止まらなかった。
だいだい関係を持った時点でこうなってしまうのも予測してない事がいけないのだ。
子供に非はない。
そう何時もなら数手先を読んで先回りしようとするのに我愛羅が関わる事柄にはそれが出来ない。我を失う。



そう、愛しているのだ。

…欲しく無かったのなら薬でも飲めば良かったのに何故其をしなかったのだ。
いや、分かっていた。
欲しくないならそうしなければならないと。
自問自答を繰り返し思い至る。


私は、心の何処かで彼との子供を望んでいたのだ。

好きでもない男に嫁がなくていい理由を探していた。




…なんて自分勝手なんだろう。


子供は、命は、両親に愛される準備が出来で初めて授かる神聖なものなのだ。

それなのに私は―。




一頻り泣いた後、彼女の中に残ったのは我愛羅への愛情と自責の念。

そして新しい生命の火を消したくないという想いだった。










数日後、悩み抜いた上で答えを出した沙羅であったが、妊娠した事を我愛羅に伝える事はどうしても出来なかった。

我愛羅と関係を持ったが、付き合おうと言われた訳でも無く、況してや結婚等、彼との話の中で一度も出てきた事がない。
この意味が何を指すか分からない程、子供ではなかった。

結婚を考えていないであろう我愛羅に子供が出来たなど口が裂けても言えない。

万が一告げたとして彼に"堕ろしてほしい"などと言われたら二度と立ち直れそうにない。




そして先日街に出た際に、これから任務であろう忍達が話していた件。








「聞いたかよ、あの話!」
「ああ!風影様が見合いするんだろう?噂によれば凄い美女らしいぜ!羨ましい〜。」
「しかもエビゾウ様も賛成してるんだろ?」
「確か大名の娘だったか?コネの為なんだろう。結婚するしかないよな〜。」
「違いない。」









一族の娘の自分より大名の娘との婚姻の方が、風影である彼にとってより良い事は明白であるし、里のNo.1の相談役のエビゾウ様が賛成している政略結婚だ。まず断れないだろう。

これから大名の娘と結婚するのに偶々手を出した女が妊娠した等と言ってきている。
そんな事をすれば彼が困惑する事は目に見えている。

そして最も恐れていた言葉を告げられるのだ―。




もう、堕ろす事など考えられない。
だから、どう転んでも彼と関係を続けていく事は出来ないのだ。
ならば彼には何も告げず、この子と二人で生きていきたい。


喩え、一生我愛羅に会うことが出来なくなっても。







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