榛色の瞳

□榛色の瞳 6
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痛みから意識が戻った時、最初に聞こえたのは、母の啜り泣く声。

「…どうして!…どうして御義兄様は沙羅にまでこんな事をするのですか!?」



かあさま、私は大丈夫だよ。かあさまの方がたくさんケガをしてるのに。



「…あの人はもう以前の兄様じゃない…義姉様が死んで一人になっておかしくなってしまったんだ。…済まない。もう兄様は俺の言う事さえ聞いてくれなくなった…。」



とうさまもキズだらけ。痛くないの?大丈夫?



「…このままでは!このまま呪印の制裁を受け続けたら沙羅は死んでしまいます!」

「…大丈夫だ、沙羅は父上に頼んで本家に養子へ出す事にした。…父上が約束してくれた。呪印を外してくれる。…命と引き換えに、な。」




父様、私はどこへも行きたくない!







「…父様!」

手を伸ばした先には何もなく、空を切る。目が覚めると何時もの白い天井と白い寝具。時計を確認するとまだ子の刻を少し過ぎた辺り。汗をかいて張り付く肌着が心地悪く、一度シャワーを浴びようと沙羅はベッドから抜け出した。


―あの時の、夢、か。

幼い頃、風の国の辺境で暮らしていたが、三歳になった頃、佐津間が何度も家に訪ねて来て、何かしらの理由をつけては罰だと言い、呪印での制裁を与えられた。

私が五歳になった時、私を本家に養子に出す事が決まり、私は本家に慣れる為に時折本家を訪れる様になった。佐津間がいない時は鋳藻瓦が優しく迎えてくれ、お菓子を食べたり、修行をしたりして楽しかったが、佐津間がいる時は、佐津間が少しでも気に入らない事があると呪印で何度も気絶させられるまで苦しめられるのが常。後少ししたらこんな所で暮らさなければならないと思うと当時の私は憂鬱であったと記憶している。

そんな時だった。両親が殺されたのは。何時もの様に本家から帰り、家に足を踏み入れると両親が血だらけで倒れていた。私は本家の者が来る間、両親の傍を離れなかったという。断定出来ないのは幼い私には恐ろし過ぎたのだろう。両親の死に顔を見た後からの記憶が無い。
次に覚えているのは本家の侍女が私の体を風呂に入れて綺麗にしている時。
あの時のこびりついた血の臭い。お湯をかけられた時に自らから流れ出る血を含んだ湯が排水溝へ吸い込まれていく様子。其がいつまでも私の頭の隅から消えず、任務の後、返り血を浴びてそれを流す際、両親の死に顔と共に何時もリフレインされる位には、心を酷く抉られる事象だった。

私の呪印は両親が殺されて程なくして宗家への養子が決まっていた事もあり、祖父の命と引き換えに消された。呪印を消すのはそれ相応のリスクが伴うらしい。この時私は呪印の付け方と消し方、そして宗家に伝わる仙花樹を用いた守護術を教わった。流石に五歳の自分には到底理解出来ず、巻物を遺してくれた祖父は、術を伝授する際「…佐津間のせいで済まない。」と幼い子供が正確に記憶する程口にしており、優しい人物だったのだろうと思う。
祖父が亡くなった事で佐津間の態度はより一層厳しくなった。そして一度呪印を消された者はもう二度と呪印が付けられないらしく、佐津間の暴力は呪印での呪術から折檻へと形を変えていった。







ネットに入れた寝間着と下着を洗濯機に入れ、汗で冷えた体を温める為に風呂場に足を踏み入れる。シャワーのコックを回して温かいお湯がで出したら頭から浴びられる様に位置を固定する。
シャワーを全身に浴びながら、両親の夢をみるのは久し振りだと沙羅は思う。最近は返り血を浴びる様な任務も無く、世愛羅の事と仕事で両親の事を思い出すことも少なくなっていった。ふと、前に両親の夢をみたのは何時だっただろうと思い更け、そして思い至る。


…前にみたのは我愛羅といた時だ。



あの時も、子の刻を少し過ぎた時だった。





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