榛色の瞳

□榛色の瞳 8
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風の国、砂隠れの里の罪人収容所で二人の男が対峙している。周りの者は皆、仙花樹が魅せる幻術に囚われており、一人の男の侵入に気付かず、また幻術にかかったことさえも無自覚。二人の間には檻があり、一人は独房内部。もう一人はその独房の前にいた。独房内の男は若く、端正な顔立ちをしているが、激しい尋問によりその端正な顔は大部分が変色し腫れており輪郭を歪ませている。


「…お前の最期の言葉を聞きに来た。」


重々しく口を開いた鋳藻瓦は、憐憫の表情が浮かんでいる。
佐津間の命令で、もしクーデターが失敗した場合、佐津間の無関係を主張後、速やかに命を絶たなければならない。其が家族を生かす為に交わした佐津間との密約。そして明日から術を用いた取り調べが始まる前に遂行しなければならない。仮に死ななかったとしても呪印術で家族もろとも殺される。

…今がその時なのだ。

おそらく、佐津間の弟子にならず、また佐津間の秘密を知らなければこんな事にはならなかっただろう。
こんな死の間際でさえ、思い浮かぶのは、まるで大地の様な美しい榛色の瞳を持つ君。


…沙羅。









俺が沙羅に出会ったのは、俺が八歳で沙羅が五歳の時だ。年の離れた姉が当主の佐津間様に才能を認められ本家の養女になった為、両親と共に本家へ挨拶に出向いた時だった。

演習場の様な広い裏庭に鋳藻瓦ともう一人おり、自分と同じ年頃の女の子。顎のラインに添って切り揃えられた髪。白い肌。整った顔立ちの中で主張する榛色の瞳。目が合った瞬間、幼い俺は初めて恋に落ちた。

姉を理由に何度も本家に訪れては、姉と姉に懐いていた沙羅と共に過ごした。姉には俺の気持ちはバレていたようで、姉は時折、二人きりにしてくれた。お陰で沙羅とは友人になる事が出来て嬉しかったが、姉の嫁入りが決まり、姉が本家から居なくなってからは行けなくなり、沙羅とは疎遠になってしまった。

そして十二歳になった頃、アカデミーを卒業して下忍になった際、同じ班に配属され運命だと思った。(佐津間が沙羅の実力を測る為に卒業生でも無いのに無理矢理卒業試験を受けさせたらしい。上層部は軍縮の流れで精鋭の忍を求めており、互いの意見が一致した為である。)この時の自分は酷く浮かれて、自分より彼女の方が圧倒的に強いと肌で感じる事になるとは思いもしない。
任務へ赴き、彼女の実力を目の当たりにする。自分が実戦で漸く少しだけ養遁を使うレベルに対して、沙羅は養遁を実戦で使いこなし、仙花樹を口寄せするレベル。自分の想いなど告げられない。男としてのプライドが其を許さず、修行に励む日々を送った。


この頃は何故彼女が端正な顔立ちを口布で隠しているか分からなかった。当時の俺の結論は用心深い性格上、口布をしているのだろうと推察していた。だが今思えば理由は其以外であり、自ら口寄せした仙花樹の術にかからない為。そしてプライベートでも着用しているのは佐津間に顔に関わらず身体中が傷だらけになる程修行で折檻されていたからだ、と。彼女は任務で顔を合わせた際、よく血の臭いがしていた。彼女は修行で誤って怪我を負ってしまったと言っていたが、佐津間は女である事等関係なく、自分の気に入らない結果なら彼女を痛め付け、結果が出るまで厳しい折檻を行っていたのだろう。理解出来たのは佐津間の指導を受けたからこそ。当時、彼女の言葉を鵜呑みにしていた自分が歯痒い。彼女が僅か九歳であれ程の実力があるのは理由があったのだ。

当時、スリーマンセルのメンバーの実力を考え、二年後に中忍試験を受けてその年に俺と沙羅は合格した。だが彼女は直ぐに長期任務へ赴く。半年後、四代目風影に許可を取り修行の為に里を一年間離れていた。そしてまた直ぐに長期任務。里へ帰ったと思えば二、三ヶ月後には上忍になり正規部隊へ入隊。
沙羅との実力の差が空くに従って、実際の距離も離れていく。同じ任務に就くことはほぼ無くなってしまっていた。だが、彼女への想いは無くなる所か強くなるばかり。せめて上忍に昇格したら彼女に想いを伝えようと誓い修行に打ち込んだ。

五年後、修行のかいあって上忍になった俺は、沙羅に自らの気持ちを伝ようとしたが、沙羅とのスリーマンセルを組んでいた時、俺がいた位置に新しく就任した五代目風影がいた様な気がした。直感的に嫌な予感がした俺は彼女に上忍に昇格したから祝ってくれなどと言い呼び出す。呼び出した時には彼女は口布を着けており、理由を聞くと、用心に越した事ないでしょ?と目を細める。そんな彼女にそれとなく風影との関係を聞く。
何でも、正規部隊にいた頃に友人関係に発展したらしい。沙羅は笑ってそう話したが、彼女をずっと想っていた俺には分かる。沙羅は風影に恋をしているのだ。其を証明する様に彼女は風影に会う時口布をしていない。彼女を呼び出して会う前に偶然、見てしまったのだ。彼女が風影と口布をせずに過ごす所を。あの用心深い彼女が、だ。正に心を許した証。それは俺が手に入れたかったもの。其を風影は手に入れているのだ。

想いを告げる決心はいとも簡単に崩れ去った。

沙羅への想いを絶望させた俺は更に修行に打ち込んだ。お陰で任務の成功率は右肩上がり。そしてそのお陰で佐津間の目に留まり、弟子として修行をつけてもらえる様になった。
最初は稽古をつけてもらう様な普通の修行だった。
だが、ある日、佐津間の経営する病院で佐津間を探していた際、偶然にも見付けてしまった地下室。あの部屋にある資料と、あれ、を見てしまったのだ。そしてそれが佐津間に露呈した際、他言すれば殺すと脅され、呪印術で死ぬ寸前迄追い込まれた。そして更に施された新しい呪印術。それからだ。修行が折檻を伴う激しいものに変化したのは。だが呪印がある限り佐津間からは逃げられない。
それに沙羅の強さに近付きたい。その一心だった。

そんな日々を送っていた矢先、佐津間の態度が突然柔和する。そして提案を受けたのだ。

「今すぐではないが、ゆくゆくは沙羅を娶らないか?」と。


もう光は射し込まないと思っていた彼女への想いに光明が差す。
二つ返事で了承したが、風影の事を聞いた時の沙羅の笑顔がちらつく。だが、長年の夢が叶った瞬間。断るつもりなど毛頭なかった。

だが、その夢は直ぐに潰える事になる。



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