榛色の瞳

□榛色の瞳 9
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火の国、この葉隠れの里の病院。休みであるにも関わらず沙羅は実験室に呼び出されていた。部下の一人が配合実験に失敗し来週迄に成果が欲しい実験データの実験材料が足らなくなってしまったのである。連絡が来て直ぐにサクラの両親と連絡をとり世愛羅を預かってもらい、病院に駆けつけ、仙花樹を口寄せし事なきを得て今に至る。

「…沙羅さん来ていただいてすいませんでした!」

「いいんですよ失敗は誰にでも有りますから気にしないでください。…もう足りない材料はありませんか?」

「もう大丈夫です!来ていただいてありがとうございました!」

「此方こそ何時も実験ご苦労様です…それでは失礼します。」

そう口にして実験室を退出した沙羅は病院の廊下を歩きながら思考を巡らせる。
ヒューマンエラーは起こるもの。責めたって何も変わらない。それならば二度と起こらない様に再度見直し改善点を探す方が有意義である、と沙羅は考える様にしているが今回は自分以外、仙花樹は口寄せ不可能。例え巻物に術式を施したとしても、呼びたい仙花樹が決まっている際には繊細なチャクラコントロールが必要で一朝一夕で身に付くものではなく、仙花樹を徐々に口寄せしながら術者自らで感覚を掴むしかない。修得してもらうには莫大な時間と人件費が必要でかといって身に付くかどうかは誰も試したことがなく未知の領域。しかも呼び寄せた所で養遁で養分を与えた土壌でなければ直ぐに消えてしまう。養遁も同じだ。それならば自らが赴き口寄せを行った方が確実で低コストである。例え自らが休日出勤をしてでも。

予定より早く作業が終了した為、世愛羅を迎えに行く予定時刻迄かなり時間がある。時間は11時を少し過ぎた所でこの時間であれば既にサクラの母が世愛羅の食事を準備している時刻。とりあえずサクラの母へ連絡をしようとしたその時だった。

「…沙羅?」

廊下の反対側からサクラの姿が見え名前を呼ばれたのは。

「サクラ!仕事は終わったの?」

まさか休日に会えるとは思いもせず顔が綻ぶ。サクラはてっきり診察をしているとだろうと思い込んでいたが、上着を羽織り外からの出入口の方から歩いて来たのをみると、どうやら違うらしい。お互い病院に居た経緯を口にする。

「…そうなんだ。大変だったわね。」

「ううん。予定よりもだいぶ早く終わったし大丈夫だよ。サクラは?」

「実は、さっきまで火影室に呼び出されちゃって任務をする事になっちゃって…明日から暫く研究室に行けないの。予定は明日詳しく説明されるからいつ帰れるかも分からなくて…。明日は実験の意見交換の日だったのにごめんなさい。」

「任務ならしょうがないよ。あの実験の意見なら帰って来てからで大丈夫だから。」

「ありがとう沙羅。…そういえば今日は参加するわよね?綱手様が絶対沙羅を連れて来いって言ってるんだけど…。」

そう、今日の夜。非番の研究者や医療忍者達の食事会の日である。食事会と言えば聞こえは良いが実質は綱手様が主宰する飲み会だ。職場での催しの為、不参加は礼に失する気がするが、世愛羅を一人にする訳にはいかないし、あの日以来、酒は口にしないと心に決めていた。

沙羅は酒は嫌いではない。
砂に居た頃は下忍時代のスリーマンセルの一人である友人が酒屋の娘で、二十歳になってからはよく酒を貰っていた為、時折自宅で嗜む程度に友人と共に一献傾けていた位で、どちらかと云えば酒は好きな方である。だが佐津間に嫁ぐ様に命令され自棄になり、記憶が無くなる程酒を煽った結果、我愛羅と身体を重ねた上、自ら誘うという醜態を我愛羅に晒してしまったのだ。
勿論、我愛羅と身体を重ねた事に後悔はない。正直、懸想していない男を日常的に一人きりの自宅に踏入れさせたりさせないのだが、きっと彼には友人とでも簡単に身体を重ねる貞操観念の低い女に思われたに違いない。好いてもいない男に嫁ぐより心底惚れた男の子供を一人で育てる方が沙羅にとっては天秤にかけるまでもない事象だが、関係を持った事によって、我愛羅にどう思われているかを想像すれば、飲酒を頑なに拒む事は沙羅にとって仕方のない事柄なのである。

「…うん、でもやっぱり行けないよ。世愛羅が待ってるから。」

「…分かったわ。それじゃあお昼一緒に食べましょ!」









太陽が沈み、月が空を完全に支配した頃、沙羅は世愛羅の部屋で彼の健やかな寝顔を傍らで眺めながら今日を振り返る。

今日は総合的にみれば有意義な一日だったと思う。職場で問題が発生し呼び出された上、サクラの母に迷惑をかけてしまったが、サクラと思い切り話せて楽しかったし、世愛羅を迎えに行く時間も通常より早かった為、夕食前に養遁の修行を世愛羅と行えた。

いつも修行を見てやれるのは朝だけで手裏剣やクナイ等基礎的な飛び道具の修行や体術、手合わせが主で養遁の修行は余り出来ていなかった。だが今日の修行で世愛羅は養遁を遣い直径、深さ共に二メートル程の沼を作ってみせた。養遁の沼は仙花樹の水中植物を口寄せする際に使用する。ただ植物の種を芽吹かせるのとは訳が違う。沼を作れるかどうかで才が測れるのだ。つまり世愛羅は養遁のセンスがある。その事実が判明し、沙羅はつい表情を緩めてしまう。

(養遁だけでも極めれば武器になるし、契約さえすれば仙花樹を口寄せ出来る様になるのも時間の問題かも…。)

唯、仙花樹の口寄せには多大なチャクラと綿密なチャクラコントロールが必要だ。養遁の術を発動させた上で仙花樹を口寄せするのだから。其を世愛羅が何処まで会得出来るのか。これからの世愛羅の成長に期待し、胸を膨らませながら沙羅は世愛羅の頬を撫でると自らの身体を休める為に世愛羅の部屋を後にした。




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