ヒロアカ
□ごっこ遊び(ver.出)
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■ごっこ遊び(ver.出)-007
貴方の誕生日に一日貴方と過ごしていて、心なしか、出会った頃に比べると……貴方が吐血する回数が減ったような気がした。
食事量も増えたような気がするが、もともと少食というだけで具体的に貴方の一日の食事量を知らないのでなんとも言えない。
だけど一緒に居る時の間食は、確実に増えたような気がする。
そしてなにより、以前に比べて顔色が良い事が増えたと思う。
「具合が悪いよりはずっとましだけど、何でだろう?」
不意に浮かんだ疑問に、思わず僕の独り言が洩れる。
雄英高校に入学してから、貴方に会える回数は増えたけど、貴方との時間は減っている。
だからもしかして、自分のトレーニングに付きそう回数が減ったからだろうかと思った。
昔何かで、海風は身体に良くないと聞いたことがあったから。
もしそうなら、海浜公園でのトレーニングは控えるか止めた方が良いかもしれない。どうせもう、不法投棄はなくなったのだから、海浜公園に拘る必要はないのだから。
それに雄英高校のヒーロー科には、専用のトレーニング室もあるのだから、なるべくそちらを使うようにすれば良いだけだ。
周囲の目があるので、あまり貴方と二人だけというわけにはいかなくなるが、貴方の具合が悪くなるよりはずっと良い。
そもそも、ただ身体を鍛えるだけなら、頻繁に貴方が付きそう必要は、もうないのだから……。
(一人のトレーニングが寂しいなんて……僕の我儘だもんね)
僕はパチリと両手で頬を叩くと、零れそうになった涙を引っ込めて、早速相澤先生に放課後トレーニング室を使用する許可を貰いに行った。
相澤先生は何か言いたげな顔をしていたが、やる気があるのは良い事なので、程々に頑張れと頭を軽く撫でられた。
相澤先生の撫で方は貴方とは違うけど、いままで教師にそんなに構われた事がなかったので、これはこれで嬉しくて僕のお気に入りだったりする。
「あっれぇ?デクちゃんまだ帰らへんのぉ?」
「うん。今日からなるべく放課後はトレーニング室に寄ってから帰ろうかと思って」
「うへぇ、真面目やねぇ」
「僕、筋肉付きにくい体質みたいだから、皆よりたくさんトレーニングしないと駄目だから……」
「そっかぁ、確かにデクちゃんちょっと華奢だよねぇ。個性と反比例してる感じ!」
「アハハハハハ……(笑えない感想だな、お茶子ちゃん)」
「でも無理したらあかんで?授業で疲れてるんだから」
「うん。それは気をつけるよ。ありがとう」
お茶子ちゃんとは、用事の無い日は結構一緒に帰っていたのでちょっとだけ残念な気もするが、トレーニング室のトレーニングに慣れるまではそちらを優先したかった。
そんなわけで、放課後黙々と一人トレーニングをしていたら、僕に感化されたクラスメイト達も、毎日じゃないけど一緒に放課後トレーニング室でトレーニングをするようになった。
中でも真面目な飯田くんと轟くんと一緒にトレーニングをする事が多く、前より仲良くなれたっぽい。
なぜかその分かっちゃんの機嫌が悪くなったような気がするけど……かっちゃんがよく分からないのは今に始まった事ではないので、あまり気にしない事にした。
(くわばらくわばら……)
僕がもう海浜公園ではトレーニングをしない事を貴方に伝えたら、貴方の表情が一瞬沈翳ったように見えたけど、きっとそれは僕の気のせい。
マッスルフォームに時間的制限のある貴方は、あまり頻繁にトレーニング室に近付けない。トゥルーフォームを他の生徒達に見られるわけにはいかないから。
だから数日おきに昼休みに会って、前日までのトレーニング内容を貴方に伝え、何か改善点があれば改善してもらう事になった。
必然的に交わす会話は減ったし、雑談も殆どできなくなった。
けどそれでも、時折貴方の自宅に呼ばれては肌を重ねていた。
それだけでも十分なのに、我が儘な僕は、寂しさに加えて、物足りなさを感じるようになった。
雑念を振り払うようにトレーニングに夢中になっていたら、いつの間にかトレーニング室には僕と轟くんの二人だけになっていた。
「うわぁー、もうこんな時間だ!ビックリ!!」
「……そろそろ上がるか」
「そうだね、轟くん」
僕と轟くんは、時計の表示に慌てて汗を拭い、後片付けを始めた。
するとそのタイミングで、相澤先生がトレーニング室にやってきた。
「何だ、まだ残って居たのか。念のため見にきて正解だったな……ったくさっさと帰れよな。もう直ぐ校門閉まるぞ!」
どうやら相澤先生が今日の見回り当番らしい。
「相澤先生すみません!いま丁度切り上げるところだったんです……着替えたら直ぐに下校します」
「なら良いが……緑谷は家が近くないんだから、明日からはもう少し早めに切り上げろよ」
「……はい。気を付けます」
僕がそう言って頭を下げると、相澤先生は片手をヒラヒラとさせながら次の見回り場所へと向かった。
「……緑谷、家遠いのか?」
「あー、うん。でも電車で一時間くらいだからそんなに遠くないよ」
「いや、それ十分遠いから」
「そうかな?」
「いまからだと家着くの十時過ぎるだろう」
「うん」
「女の子なのに危ないだろう。そんな時間に一人で帰宅してたら」
「別に平気だよ?僕、可愛くないから」
「そんな事は……とりあえず今日は俺が送って行くから、明日からは相澤先生じゃないが、もう少し早めに切り上げよう」
「えぇー!?別にいいよ!一人で帰れるし」
「駄目だ。何か遭ってからじゃ遅い!」
僕を送って行ったら、轟くんの帰宅がとんでもなく遅くなるのに……轟くんは結構頑固で強引だった。
しかも離れて歩くと危ないからと、手まで繋がれた。
別に本当にそこまでしてくれなくても平気なのに……体育祭以降、罪悪感からから、轟くんは変に過保護で世話焼きだった。
(もっと気軽に接してくれるとありがたいんだけどなぁ)
轟くんに手を引かれなながら校門を出る時。ふと視線を感じて振り返ったら、校舎の窓に貴方の姿が見えた気がした。
「あ……!」
「ん?どうかしたのか?緑谷」
だけど僕が目を凝らす前に、貴方らしき人影は、背後の暗闇に溶けて消えてしまった。
「えっと……うーうん。何でもないよ、轟くん」
「そうか、なら前向いて歩かないと転けるぞ」
「うん、そうだね」
「…………校舎に誰か居たのか?」
「え!?何で!?誰も居なかったよ!!」
「……視線を感じたんだが……」
「視線?(見間違いじゃ、なかった?)」
「こんな時間だし、きっと気のせいだろう」
轟くんも感じた視線が、僕の思い違いでなくて、本当に貴方だったのなら……ちょっとで良いから会いたかったなと思う僕は、やっぱり我儘なんだと思う。
貴方がこんな時間まで残っているとしたら、それは仕事が忙しかったからなのだから、きっと貴方は疲れている。
(疲れている貴方に構って欲しいなんて、恋人でもなのに言えないよなぁ……)
明日、学校に行けばまた会えるのだからと思っても、会いたいものは会いたい。
でも――……会えない。
暗い夜道を気遣って、轟くんがあれこれ話しかけてくれたけど、貴方の事ばかり考えていた僕は、あまり轟くんの話しを聞いていなかった。
それをトレーニングのし過ぎで疲れているのだろうと、余計に気遣わせてしまって、本当に轟くんには申し訳ないことをしたと思う。
(明日学校で会ったら、もう一度轟くんにちゃんと謝って、送ってもらったお礼を言わなくちゃなぁ……)
その夜僕の帰宅後に、見計らったように届いた貴方からのメッセージは、素っ気ないくらいいつも通りで、僕は勝手に一人で傷付いた。
優しくしてもらって、可愛がってもらって、気にかけてもらっているけど、用が無くとも少しだけでも良いから……会いたいと思うのは、僕だけなんだと思うと、少し泣けてきた。
貴方と出会ってから、僕は随分と欲張りになってしまったようだ。
「こんなんじゃ駄目だなぁ……」
携帯電話のメモリのロックを外し、僕は静止画の中の貴方を見つめ呟いた。
指をスライドさせれば、雄英の合格祝いと入学祝いを口実に貴方に強請って手に入れた、トゥルーフォームの貴方がこちらを向いて笑っていた。
『平和の象徴』でも『No.1ヒーローのオールマイト』でもない、素の『八木俊典』という僕の大好きな人が、照れ笑いを浮かべて居た。