ヒロアカ
□ごっこ遊び(ver.出)
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■ごっこ遊び(ver.出)-008
何となく、貴方の態度が余所余所しくて、距離を置かれているような気がしたが、その原因が分からぬまま職業体験の日が来てしまった。
職業体験中は学校には登校せず、研修先に直行直帰(距離によっては泊まり込み)なので、今日から約一週間貴方に会えなくなる。
職業体験は楽しみにしていた行事ではあるが、そんなわけで僕は微妙に初日から気分が乗らなかった。
一応携帯電話に連絡は入るのだが、そのやり取りは画面に表示された文字ばかりなので、ここのところまともに貴方の声を聞いていない。
せめて初日くらい、一言声が聞きたかったなと思いながら、僕は事前に渡されていた住所を頼りに目的地を目指した。
最寄り駅から徒歩数分。辿り着いた目的の住所には、凄く見た目がボロいアパートが一棟建っていて、あまりに周囲の建物と外観が違うので、若干不安を感じた。が、ボロアパートを見上げていても先に進まないので、覚悟を決めてその中の一室へと向かった。
部屋の玄関扉には鍵がかかっておらず、不審に思いながらも扉を開けると、真っ赤な液体をぶち撒けた床の上に横たわる、一人の小柄な老人の姿が視界に飛び込んできた。
驚いた僕は思わず悲鳴を上げて腰を抜かしてしまったが、鼻を掠める臭いは甘くフルーティーだった。
その臭いにあれ?と思っていたら、倒れていた老人が起きが上がり笑い出した。
軽快な笑い方は、どこか貴方に似ていた。
何でも昨夜、お皿に山盛りにしたソーセージを抱えた状態で床に転んでしまい、更にその時ケチャップを踏んづけてしまって床が真っ赤になったのだとか……。
つまり一晩中、この老人は転けた状態で寝ていたらしい。
全く人騒がせな人だと思ったら、そんなコントみたいな事をしていた小柄な老人が、貴方の恩師だった。
(大分イメージと違う人だなぁ……)
とりあえず床のケチャップや欠けた食器の片付け等をしながら、自己紹介と挨拶を済ませた。
貴方の恩師グラントリノはかなり昔に現役を引退したという話しだったけど、その動きはまだまだ現役で通用する強さだと思った。
グラントリノから僕が与えられた研修(修行)内容はとてもシンプルだった。
先ず、グラントリノが足裏から空気を噴射して自在に跳ね回るジェットという個性を使い、部屋の中を縦横無尽に逃げ回る。
そしてそれを僕が個性(OFA)を使って捕まえたり攻撃するだけだ。
だけどこれが、中々結構難しかった。
動けるスペースは限られているし、障害物が多く、動きは最小限に抑えなければならなくて……尚且つ自分の身体も周囲を破壊せずにという条件は、現在(いま)の僕には至難の業だった。
それでも回数を重ねるごとに、ボンヤリとだけど何かが掴めそうになってきた。
そしてそのボンヤリとした何かは、休憩中にグラントリノのおやつ(冷凍たい焼き)をレンジで温めている時に、唐突に理解できた。
「そうか。僕はこの『たい焼き』なんだ」
「たい焼き?」
「はい。いままで僕はその都度必要な箇所にOFAを使っていました。でも、それだと発動までに時間がかかり過ぎてしまう。それじゃ遅いんです」
「……で?」
「なので常に威力を抑えたOFAを全身に纏わせておけば、その時間差は無くせる……レンジでこのたい焼きを温めるように……」
「たい焼きたぁ地味だな(思ったより早くそこに辿り着いたか……)」
「はい!八木……オールマイトのお墨付きです!!」
「……そ、そうか(うわぁ、すんげぇ嬉しそうに……でも地道って言われて喜ぶって、なんかなー……)」
僕はいままで、OFAを特別視し過ぎていたのかもしれない。
だから身構える度に余計な力が身体に入り、上手くコントロールができなかったんだと思う。
でも、カチコチに凍ったたい焼きを溶かすように、部分的じゃなくて全体をくまなく温めるようにするだけなら、きっとそこまで難しいことじゃないはずだ。
だって常に強いOFAを纏う必要はないのだから。
貴方のマッスルフォーム。多分『あれ』は、そおいう事なんだと思う。
(何だ答えは、ずっと目の前にあったんだな)
OFAの使い方がハッキリと理解できたら次は、それを活かすための実践的な身体の使い方の繰り返しだった。
これはとにかく回数を重ねて身体に叩きこむしかないので、吐くほど頑張った。
「いやぁ〜身体はまだまだだが、お前さん頭と目が良いみたいだな」
「そうですか?」
「あぁ。俊典は感覚で動いてるだけだったから、始めはそれなりに苦労したもんだよ」
「八木さんが……!?」
「おうよ!だから毎日吐くまで稽古してやってたんだよ!HAHAHA」
「うわぁー……(だからあんなに怯えてたんだ)」
「まぁ、身体が覚えてからは早かったけどな」
貴方の昔話をするグラントリノはとても愉しげで、幸せそうな表情をしていた。
きっと貴方の事が、今も大好きなのだろう。
僕もいつか、こんな風に貴方に語って貰える日が来るのだろうか?などとしみじみしていたら、グラントリノにとんでもない事を質問された。
「で、お前さん。俊典のどこに惚れたんだい?」
僕は思わず飲んでいたお茶を吹き出し咽せた。
「グホッオォオ!?ゲホッゴホッゴホッ……!?」
「HAHAHA!真っ赤だな!!お前さんとの事は俊典からの話しで大方の察しがついてるぞ!隠すだけ無駄だぞ(ニヤニヤ)」
「……えっ、あの、その……!?」
「で、どこに惚れたんだい?『平和の象徴』なんて謂われてるが、中身はただのオッサンだろぅ?(ニヤニヤ)」
「八木さんはおじさんじゃありません!」
「で?どこだい?(ニヤニヤ)」
これは答えるまで引き下がらないなと悟った僕は、恥ずかしさで泣きそうになりながら口を開いた。
「……どこって、聞かれても……具体的に答えるのは、難しいで、すっ」
「ほほぅ(ニヤニヤ)」
「オールマイトだけだったら、ただの憧れだったかもしれません。けど……八木さんに出会って、言葉を交わして…………僕は八木さんの『全部』に惹かれたんです。だから……」
「こりゃまた熱烈だねぇ!俊典の奴は何つってお前さんを口説いたんだい?(ニヤニヤ)」
「……別に僕は、口説かれてません。僕が勝手に、好きになっただけですから」
「HAHAHA、そうかいそうかい勝手にねぇ(……ん?どういう意味だ???)」
僕がそう答えると、グラントリノは少し不思議そうに首を傾げたが、直ぐに表情を戻し、質問に答えた駄賃だと言って、貴方には内緒で貴方の学生時代の写真を数枚僕にくれた。
「これが学生時代の八木さん!!若い!!雄英の制服着てるぅ!あ、こっちは体操服だ!!デザインは八木さんの頃から変わらないんですね!」
「いやぁ〜、これがあーなる(筋骨隆々アメリカンマッチョ)とはなぁ。流石にこの頃はワシも思いもしなかったさ!」
「きっと一杯頑張って努力したんですよね!もっともっと僕も頑張らないと!!」
「頑張るのは良いが、お前さんは女の子なんだから程々にしとかないと花嫁姿が悲惨な事になるぞ」
「大丈夫です!僕、結婚しませんから」
「ヘ?しないのか?」
「僕なんかと結婚したがる人、いませんから」
「えっ?俊典は……?お前さん俊典と……ん?ん?ん?」
「何でそこで八木さんが出てくるんですか?(コテン)」
「いやだってお前さん、俊典に惚れてるんだろう?なら普通は……」
「あぁ、そおいう事ですか!確かに僕は八木さんが大好きですけど、それとこれとは別ですよ」
「別?」
「だって、結婚は『一人』じゃできないじゃないですか」
「……あぁ、まぁ……そうだな(何だ?さっきから微妙に噛み合ってないような気が……)」
通常のトレーニングとOFAを使った組手。グラントリノの身の回りの世話と、学校から出されている座学の課題。
時折雑談に紛れ込む、グラントリノの武勇伝と僕の知らない貴方の話し。
泊まり込みだった僕の研修は、それはそれは忙しく充実したものだった。