ヒロアカ

□ごっこ遊び(ver.出)
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そして研修期間の一週間はあっという間に過ぎ、やってきた最終日。それは起こった。


――ヒーロー殺し『ステイン』。


日本全国で数々のヒーローを粛清と称し殺し続けている殺人敵が、僕の研修先のエリアに現れたのだ。

僕はこの時まで知らなかったのだが、飯田くんの兄であるヒーロー・インゲニウムが体育祭時にステインに襲われて再起不能になっていた。
偶然研修中にステインと遭遇した飯田くんは、沸き起こる復讐心を抑えられなくて……あろうことかステインに戦いを挑み、大事な個性の宿る足に大怪我を負ってしまったのだ。
その連絡を受けた僕は居てもたっても居られなくて、グラントリノが止めるのも聞かずに現場に駆け付けた。

間一髪、飯田くんは殺されないで済んだけど、足を殺られた飯田くんは動けない。飯田くんと一緒に居たプロヒーローも瀕死の状態で戦えない。


(……なら、僕がやるしかない!!)


ステインは怖かったけど、ただ指を咥えて見ているだけなんてできなかった。
このままでは、二人はステインに殺されてしまうから。

貴方は言っていた。
『余計なお世話はヒーローの本質』なんだと。

僕もそう思うから……敵わないと分かっていても、引き下がれないんだ。身体が勝手に動いてしまうんだ。


「止めろ、緑谷!俺達の事は良いから逃げろ!!ヒーロー殺しの目的はヒーローだけだ!!」

「嫌だよ飯田くん!僕と君は友達だろう?それに、『余計なお世話』はヒーローの本質で、『綺麗事を実践する』のがヒーローなんだから、ヒーローを目指す僕はここから逃げないよ!!絶対に!」

「ッハ!少しはまともな(考えを持つ)奴が来たか。だが、まだヒーローでない者に用はない。退いていろ…………ん?緑谷って、お前『出久』か!?」


初対面のはずなのに、なぜかステインは僕の名前を知っていた。

そして僕が僕であると認識すると、焦ったように顔色を変えた。


「何で僕の名前を……!?」

「クソォ!『無個性の暗示』が解けたのか!?……爆発のガキは何をやってんだ!?出久をヒーローに近づけるなとあれほど言っておいたのに!」

「何を言っているんだ!?『無個性の暗示』って……爆発のガキってかっちゃんの事?それよりも、お前は一体……!?」


ステインの言葉に動揺が走った。
飯田くんもプロヒーローも、訝しげに僕とステインを見ている。


「無個性と診断されれば、お前はヒーローを目指さない……目指さなければお前がヒーローに近付く事も、近付かれる事もないと思ったのに!?」


思わずと言った感じで、ステインの口から零れ出た言葉を、僕は聞き流すことができなかった。


「だが、妙だな。お前の個性はパワー系ではなかったはずだ。お前の『その個性』、一体どうしたんだ?」


ステインは目を細め、僕を見た。己が抱いた疑問の答えを探すように。

その視線に、僕はOFAの事がバレてしまうのではないかと怖くなって、反射的に後退ってしまった。が、それが良くなかった。

ステインの個性は血液の凝固。
相手の血液を舐める事で、一定時間その身体の動きを止めてしまう。

僕はなんとかステインのナイフを避けながら攻撃をしていたけど、ステインの言葉に集中力が削がれ、ナイフが首筋を掠めた。

そしてその傷口から血液を舐められた僕の身体は、徐々に動きを止め、自由を奪われて行った。


「うっぐ……!?」

「緑谷ぁあぁぁぁ!?」

「暗示が解けたのなら、再度かけ直すだけだ。出久、待っていろ。コイツラを片付けたら、直ぐにまた……」


僕は完全に身体が動かせなくなる前に、腕を背後に回し携帯電話を取り出すと、なんとかステインの死角から位置情報を一斉送信した。

誤送信にも見えるそのメールを見て、誰よりも早く駆け付けてくれたのは、ちょうど近くの見回りをしていた轟くんだった。

ステインの話しは全然心当たりがなくて、意味が分からなかったけど、ステインが僕に関心を示した事で、注意がしばらくの間飯田くん達から逸れた。

僕の身体は、轟くんが駆け付けてくれてから数分後、わずかな痺れを残しながらも再び動き出した。どうやらステインの血の拘束時間は大体八分くらいらしい。

ステインは疲弊していたとはいえ、僕と轟くんの二人がかりで取り押さえることができたのは、運が良かったと思う。


(皆ボロボロだけど、生きてる)


ステインの僕を見る、懐かしく哀しげな眼差しの意味が気になったけど、多分それは――……。
人目のあるここで問うてはいけない事なのだろう。
その証拠に、ステインの唇は硬く閉じたまま、もう、僕については何も語ろうとはしていなかった。


(ステイン。貴方は一体……)


無言で見つめ合う僕とステインを、飯田くんと轟くんが戸惑いがちに見ていた。
特に飯田くんは、ステインの『無個性の暗示』という言葉を僕と一緒に聞いていたので、その戸惑いは轟くんよりも大きいみたいだ。

だけどやっぱり、ステインのモノ言わぬ姿に何も言えずにいた。

やがて慌ただしい複数の気配と足音が近付いてくると、ステインは苦しげに眉を寄せ、僕から視線を外した。


「小娘、無事か!?」

「グラントリノ!?」

「「!?」」


大通りから僕を追い掛けてきてくれたグラントリノとその他のヒーロー達の顔を見て、ホッとして僕達の気が緩んだ瞬間。僕の身体がブワリと持ち上がった。


「え!?」

「出久!?」

「「緑谷!?」」

「小娘!?」


轟くんは僕達を助けにくる前、お父さん(エンデヴァー)とパトロールに出ていて敵連合の脳無と遭遇していた。
その脳無は轟くんのお父さん(エンデヴァー)と、僕を追い掛けてきたグラントリノによって倒されたが、街に現れた脳無は一体ではなかったらしい。

退治された脳無とは別の空を飛ぶ脳無に、僕は捕まり連れて行かれそうになった。

駆け付けたヒーロー達の中で、空を飛べるのはグラントリノだけだったので、グラントリノが僕を助けようとジェットを噴射させたが、グラントリノの位置からは距離があって間に合わない。
隣に居た轟くんが咄嗟に腕を伸ばしたが、反応が遅れた分届かない。


『連れて行かれる』


誰もがそう思ったけど、間一髪の所で僕は助けられた。とても意外な人物によって。

それは、拘束されていたステインだった。

ステインは無理やり身体を拘束していた紐を引き千切ると、素早くナイフを手に取り、脳無に向かって投げつけた。

そして、ナイフを投げつけると同時に地を蹴っていたステインは、身体を掠めたナイフによって流れ出た血を舐めた。

すると見る間に脳無は動きを止め、僕を抱えたまま空中でバランスを崩した。

僕と脳無は一緒に落下したけど、脳無は轟くんのお父さん(エンデヴァー)に捕獲され、僕は轟くんに抱き止められた。


「緑谷大丈夫か!?」

「う、うん。けど、何で……?」


現場の視線が、一斉にステインを見た。
ステインの行動が、理解できなくて。

ステインはなぜ僕を助けてくれたのだろう?
ステインは僕の何を知っているのだろうか?

そもそも僕を助けられるのなら、拘束されていても逃げられたらのではないだろうかと、僕は思った。

だけどステインは逃げなかった。
僕達から、逃げようとはしなかった。

もしかしてステインは、ワザと僕達に捕まったのではないか?
もしそうならば、ステインの『目的』は何なんだ?

感じた疑問を問いかけるように、僕はステインを見た。

ステインは僕の無事を確認すると、一瞬安堵したように目を細め、そして小さく息を吐き……表情を一変させた。


「――全ては正しき社会の為に!!正さねば、誰かが……血に染まらねば……!来い、来てみろ贋物ども。俺を殺していいのはオールマイト(本物の英雄)だけだ!!」


圧倒的威圧感を放ちながら、叫ばれた主張に、誰も何も言えない。


「……オールマイト……」

「そうだ、オールマイトだ。口先だけの人間は幾らでも居る。だが、己が命を持て綺麗事を実行できる人間は少ない……この場で生かす価値がある人間は、お前だけだ!出久」

「貴方が僕を助けくれたのは、それが『理由』ですか?」

「…………あぁ」


確かにそれも理由の一つなのだろう。ステインの主張からすれば。

だが、ステインが僕を助けてくれた理由は、きっとそれだけじゃない。

恐らくステインは、自らの主張をちゃんとした言葉として世の中に伝える為に、今回ワザと捕まったのだ。

そしてその主張の中に、僕を混ぜ込む事で、僕との関わりを誤魔化したんだ。


「だが、お前は弱い。弱い者は淘汰される――……英雄(ヒーロー)を名乗る贋物どもよ、己が贋物でないと言うのならば、この生かす価値のある弱き者(出久)を守ってみせろ!!敵からも、他の贋物どもからも!!」


限界だったのだろう。再び、声高らかに一方的な主張を叫んだステインは、その場に固まるように気絶してしまった。

ステインの主張を聞いていたヒーロー達は、その主張を、言葉を、どう受け止めたのだろうか?

ステインと脳無回収のために警察が駆け付けてくるまで、僕達は誰も動くことができなかった。

ヒーロー殺しは、ステインは悪のはずなのに……。
その主張を聞いた後では、誰もその悪を肯定できない。

ステインは、学校に攻め込んできた敵連合の奴等とは違う。
一見似ているようにも見えるけれど、その根源は全くの別物なのだろう。


その後僕達は病院で揃って警察の人に怒られた。許可無く個性で交戦してしまったので。

だけどあの時規則を守っていたら、全員殺されていた。


――規則を守るか、目の前の助けられるかもしれない命を守るか。


そのどちらが正しいのかは、多分きっと答えは出ないのだろうと僕達は思った。


――『正義』を思う心は変わらない。『悪』は許せない。


だけど、その正義の根本が、少しだけぐらついたような気がした。


『ねぇ、オールマイト。正義って何なんだろう…………ステインはどうして、僕の事を知っていたんだろう。無個性の暗示って……』


その夜僕は、病室で眠れぬ夜を過ごした。

無性に貴方の声が聞きたかった。貴方に抱きしめて欲しかった。

だけど、握り締めた携帯電話は無反応だった。

翌朝、病室に差し込む朝日が眩しくて、目が痛くて、僕は小さく嗚咽を漏らした。


   
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