ヒロアカ

□ごっこ遊び(ver.オル)
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■ごっこ遊び(ver.オル)-003



教師といっても、私には一般的な教科を教えられる教員免許は無い。
教師と名乗ってはいるが、正確には資格の要らない講師扱いだ。

なので普通の新米教師よりも教師のいろはが分からない。
その上身体の事情もあるので、受け持てる授業数もそう多くはない。仮眠室を根城に身体を休めていたりお茶をして、勤務時間の大半を過ごしている。

ちょっぴり給料泥棒のようで申し訳なく思うが、私はそういう条件で勤務しているのであまり気にしないようにしている。

それでも副担任という役職が与えらているのは、私が(一応)現役のヒーローで、相手がヒーローを育成するヒーロー科だからだ。

一方、担任をしている相澤くんは授業以外に受け持っている組に対する雑務が多々あるので、普通に忙しそうにしている。が、それでも時間を遣り繰りして、よく寝袋姿で床に寝転がっている。

相澤くんの受け持つ組は、毎年かなりの除籍処分者を出すと聞いていたので少し心配していたが、いまのところ誰一人除籍処分者は出ていない。

少女の事は勿論、始めて受け持った生徒達は皆可愛い。爆豪少年だって、それなりに可愛い。

だからこのまま、全員無事に卒業まで漕ぎ着けられたら良いなと思っている。

そんなある日。少女の組が初めての演習中に、敵の奇襲に遭った。
敵の目的は、平和の象徴である私を引きずり出し倒す事だった。

私の活動時間が短くなっている事は公式には伏せられていたが、実際に戦闘をした事がある敵の目は誤魔化せない。敵は私の力が衰えてきているいまが、倒し時と思っているようだった。

だが、私はまだ倒されるわけにはいかない。
私はまだ、平和の象徴で在り続けなければいけない。

活動限界が訪れ、身体から大量の蒸気が出始めても、私はその場に留まり戦い続けた。

睨み合い、何とか攻撃の隙を伺うが、その隙が見当たらなかった。


(ほんの少し、敵の注意が逸れてくれれば……)


そう思っていると、私の秘密を知る少女が、私の限界を察し、我が身を顧みずに飛び出してきた。
敵の気を逸し、私が攻撃できる一瞬の隙を作り出すために。

嬉しかったし助かったが、代わりに少女の腕と足が壊れてしまった。

少女のおかげで、私は私と対峙していた敵を何とか倒す事ができたが、首謀者には逃げられてしまった。

身体に複数の手を貼り付けた、まだ年若い少年の姿をした敵。
なぜ私は彼に執拗に恨まれているのだろうか……。
彼の背後に見え隠れする者の存在に、悪い予感を感じた。

その後時間切れでマッスルフォームを保てなくなった私は、同僚に庇われ生徒達の目から逃れその場を足早に立ち去った。

後ろ髪を引かれるように、視線を一度少女に向けると、少女は地面に横たわったまま、ホッとしたようにトゥルーフォームに戻った私を見て微笑んでいた。

この姿を隠さねばいけないとはいえ、怪我を負ってまで自分を助けてくれた少女を、そのまま置き去りにしなければならなかったのは、とても心苦しかった。

保身のために、大切な少女一人助け起こす事もできないなんて、ヒーロー以前の問題だった。


(いまはまだ平気かもしれないが……私はいつか、少女に愛想を尽かされてしまうかもしれない)


カーテンで仕切られた保健室のベットの上で、見慣れた白い天井を見つめ、ボンヤリとその時の事を想像して涙ぐんだ。

手にする前ならば耐えられたかもしれない事が、一度手にしてしまうともう……耐えられる自信がなかった。


(失いたくない!手放したくない!)


自分を慕う眼差しも、向けられる好意も、そこにある温もりも何もかもを……。

しばらくして、私が起きた事に気が付いたリカバリーガールが、カーテンを開けて様子を伺いながら、妙な事を聞いてきた。


「お前の後継の緑谷出久が『無個性』なのは、間違いないんだよね?」

「?……はい。四歳の時に医者にそう診断されたと聞いていますが、それが何か……」

「足の治療をしていて、少し気になってね」


リカバリーガールは自分でも半信半疑という感じで、隣のベットに眠る少女の足先に視線を向けた。


「無個性なら在るはずの関節が、無いんだよ」

「っは!?そんな馬鹿な!?」

「医者に診断を受けているなら、その診断に間違いはないんだろうが……」

「私が以前緑谷少女の足を触った時は、確かにありましたよ!!左右の足の小指の所に、ちゃんと!!」

「だよねぇ。前にあたしが治療した時も、ちゃんと在ったよ。在ったはずなんだ。だけど今日診察してみたら……無くなってるんだよ」

「……あり得ない!?」


リカバリーガールの話では、もしかしたら少女の足の指の関節は、人工的に作られた物だったのではないかとの事だった。

そしてその作られた箇所をOFAの使用で破壊し、再生させて行く内に、元の状態に戻ったのではないかと。

その仮説を裏付けるように、少女の両足の小指には、幼い頃に負ったという小さいが深い怪我の傷跡が現在(いま)も残っている。丁度、問題の関節が在るとされていた箇所に。

それは、まるで一度指を切断したような、そんな傷跡だった。


「お前さん、この傷跡に関して何か詳しく聞いてないかい?」

「幼い頃に、公園の遊具で遊んでいた時の事故で負ったとしか……」

「四歳の検診で無個性と診断されているのなら、怪我を負ったのはその前――本人の記憶は宛にならないだろうねぇ」


もし、リカバリーガールの仮説が正しかったならば、少女は無個性ではなかった事になる。

しかし少女はずっと自分を無個性だと信じてきたし、いまもそう信じている。

それは医者の診断のせいもあるが、いままで少女が持っているだろう個性を発現させていないからだ。

否、発現させていたかもしれないが、周囲がそれと気付けるような個性ではなかった可能性の方が高いだろう。この場合。


――ずっと一緒に暮らして居る、親でさえ気付かない個性。


それは一体どんな個性なのだろうか?
私が少女に譲渡した個性(OFA)は、その少女の個性に対して、今後どんな作用を引き起こすのだろうか?

いまはまだ、何も影響はないようにも見えるが……。

だが、本当に少女が無個性ではなかった場合。できるだけ早くその個性を把握しなければ拙いだろう。

少女の家は一般的な家庭だ。両親の個性も特別珍しい物でも強力な物でもない。
話しを聞く限り、特出した事柄は何もない。

なのになぜ、こんな事になっているのだろうか?

そして誰が少女の関節を偽装し、少女を無個性に仕立て上げたのだろうか?


(一体、何のために……)


リカバリーガールには、一度専門の機関で調べてもらった方が良いのだろうが、OFAの事があるのでそれは難しいだろうと言われた。

それに関しては私も同意見なのだが、このまま放置できる問題でもなかったので、どうしたものかと思った。

せめて少女本人に、何か個性に関する自覚のようなものがあれば良いのだが……ずっと自分を無個性だと思い込んでいたくらいなので、期待できないだろう。


「とりあえず目が覚めたら、それとなく幼い頃の話しを聞いてみるかな……」


しかし少女が目を覚ましたのは下校時間ギリギリで、バタバタと追い立てられるように帰路についたため、その日は何も聞けなかった。

そして敵の奇襲で壊れた施設の修理や防犯システムの見直しなどで二日間学校が休校になり、私はすっかり話しを聞くタイミングを逃してしまった。

しかも学校が再開して直ぐの昼休みに、少女から『僕のクラスいま、こないだの奇襲のせいでピンク色なんですよー』なんて話しを振られて少し焦った。


「吊り橋効果って奴だね!HAHAHA……(わ、笑えない。笑うけどさ……)」

「それで相澤先生の人気が鰻登りで、好きになっちゃった子とかも居るんですよ」

「相澤くん身体張ってたからねー、頑張ってたからねー……」

「はい!凄くヒーローって感じで格好良かったです!!」

「HAHAHAHA……(え?まさか少女も相澤くんに惚れちゃった、とか?)」

「あ、でも一番はヤッパリオールマイトでしたけどね。八木さん凄く格好良かったです!!流石です!!」

「……本当かい?ありがとうね、緑谷少女(良かったぁあ!!)」


少女は無類のヒーロー好きなので、思わず一瞬、私は嫌な想像をしてしまったが、直ぐに続けられた言葉を聞いてホッとした。

口では合理主義がどうのこうのと言っていて、素っ気ないを通り越して、生徒達からは冷たい印象を持たれている相澤くんが、自身の身を呈して生徒達を庇い戦う姿は、確かに格好良かったと思う。私が駆け付けた時にはもう、顔面血だらけで地面に突っ伏していたが……。

そんな理由でいま、相澤くんの顔はミイラ男のように包帯グルグル状態だ。

最低限しかリカバリーガールの治療は受けなかったらしいが、二日経ってもこの状態という事は、それだけ怪我が酷かったという事にほかならない。

ヒーローという職業柄、私達は自分の怪我も同僚の怪我にも慣れている。

だが、まだ学生でヒーローでない生徒達は慣れていないので、そんな担任(相澤くん)の姿がとても痛々しく映るようだ。

だから、相澤くんを担任として、一人のヒーローとして尊敬している少女が、相澤くんの事を心配し無意識に目で追ってしまうのも、仕方のない事だとは思う。

しかし、頭では分かっていても、私の狭量な心はそれを不満に思っていた。

だが、私はその不満を素直に言葉にして、少女の視線を自分に向けさせるには、歳を取り過ぎていた。大人としてのプライドが邪魔をした。

だから私は、ただ無言で、少女に気付かれないように見ているしかできなかった。
自分を見ている私の視線に少女が気付き、相澤くんへと向けている視線を私へと向けてくれるのを、ただ待っていた。

時にソワソワしながら、時にイライラしながら、一人ヤキモキしながら。

すると、相澤くんを気遣い心配する少女の視線の中に、違和感を感じた。

何かに戸惑い、不安げに揺れる緑色の視線は、確かに相澤くんへと向けられているのに、時に相澤くんをすり抜けて別の誰かへと向けられているような……そんな感じだった。


「……緑谷少女?」


だがそれも、少女の幼少期の事と同じように、結局少女に問う事ができなくて……。
忙しく日々を過ごして行くうちに有耶無耶になり、頭の片隅に追いやられてしまい、私は気付けなかった。

この時感じた少女の視線の違和感が、朧気な少女の幼少期の記憶と繋がっている事に。

私がまだヒーローで居られるうちに、ハッキリさせなければいけないのに。
私がヒーローで居られる時間はもう、そう長くは残されていないのに……。


 
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