ヒロアカ

□ごっこ遊び(ver.オル)
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■ごっこ遊び(ver.オル)-006



ある日の放課後。職員室で帰り支度をしていると、ふと卓上カレンダーの日付が目に付いた。
早いもので、卓上のカレンダーはもう六月になっていた。


(あ、もう直ぐ私の誕生日だ)


別に、この歳になるとめでたくもないし楽しみでもないが、曜日を確認すればちょうど休日。誕生日を口実に、たまには一日トレーニング抜きで少女とまったりと過ごすのも悪くないなと、脊髄反射のように思った。

相澤くんのアドバイスで、たまには普通のデートもするようになったが、純粋なデートとなるとよくて半日くらいしか時間が取れなかったので、正直ちょっと不満を感じていたところでもある。


「よし決めた!今年の誕生日は思いっきり緑谷少女とイチャイチャしよう!!」


小声だったのだが、隣の席の相澤くんにはバッチリ聞こえたようで、凄い形相で口元を相澤くん愛用の布で締め付けられた。


「アンタこんな所(職員室)で何ほざいてるんですかぁあ゛!?」

「ん゛ー!?ん゛ー……ご、ごめね。つい……」

「ついじゃねーよ!!アンタ一人の問題じゃねーんだから、迂闊な発言は控えていただけますかねぇえ、オールマイトさん」

「あ゛、あい……以後、気を付け……ます」


あまり宜しくないのだが、私の迂闊な言動に対して相澤くんが制裁(?)を加える姿はもっぱら教職員の間では日常と化していた。
おかげでギャーギャー騒いでいても、他の教職員にその内容を突っ込まれる事はほぼなかった。

やれやれ酷い目に遭ったなぁと、布が擦れて少しヒリヒリする口元をさすりながらも、思考は既に当日のあれこれに飛んでいた。

ちょっと遠くに出掛けるのも良いが、それだとイチャイチャが少し物足りないし、移動時間が勿体ない気がする。

となると、やっぱり場所は私の部屋がベストだろう。人目を気にする必要もないので。

食事はちょっとづつ摘まめるオードブルを複数用意すれば、私の食事量が少なくても少女に気を使わせることもないだろう。
問題は料理の種類だが、中華は私がキツいから却下。和食が一番身体に負担が少ないが、成長期の少女には物足りないだろう。

だがイタリアンかフレンチ辺りなら、メニュー次第で一緒に楽しめるし見た目が華やかなので、誕生日っぽさも演出できるだろう。


(手作りでも良いが、せっかくだから今回はネットでデリバリーメニューを検索してみるかな)


イチャイチャするのが最大の目的だが、食事とそれだけというのも味気ない。適度に時間を潰せてイチャイチャしやすい物といえば、映画のDVD鑑賞が定番だろう。


(となると、DVDを観ながら摘めるちょっとしたお菓子もあった方が良いだろうな)


年甲斐もなく浮かれる足取りは軽く、痩けた頬がニヤける。
こんなにも自分の誕生日を待ち遠しく感じるのは、多分子供の頃ぶりだろう。

そして数日かけて準備を整えた私は、自分の誕生日に少女を誘うべく連絡を入れた。


『もし良かったら、二日後の六月十日、私の部屋で一日一緒に過ごしてくれないか?実は誕生日なんだ』


断られるとは思っていなかったが、誘うのがギリギリになってしまったので、ちょっとだけ不安だった。その日は休日なので、もしかしたら先に、友達と約束をしているかもしれなかったので。

だがそんな些細な不安も、少女が速攻で返してきた了承の返事に吹き飛ばされた。


「Yes!Hooray! 」


そして迎えた私の誕生日当日。
遠足前の子供のように、ちょっとだけ寝不足だったが、気分はとても良かった。

朝食には少し遅いし昼食には早過ぎる。
ブランチとも呼べない中途半端な時間ではあったが、少女の訪問が待ちきれない私は、いそいそとテーブルの上にオードブルを何皿か並べていた。

大きなTVモニターの前のローテブルの上には、一口サイズのチョコやクッキー。グミや飴玉なんかも既にスタンバっている。

冷たい飲み物ばかりじゃ身体に悪いから、温かい物も飲めるようにと電気ポットの中ではお湯が満タンだし、多分用意し忘れはないはずだ。

なんせ今日は一日この部屋の中で過ごすのだから、食べ物も飲み物も切らすわけにはいかない。多過ぎって事はないのだ。

置き時計の表示が、約束の九時半を少し過ぎた頃。少女の来訪を告げるチャイムが部屋に響いた。

私はザッと姿見で身だしなみをチャックすると、上がり過ぎたテンションを悟られぬように、極力落ち着いた風を装って扉を開けた。

膝丈デニムのフレアスカート。黄緑色のタンクトップに同系色のちょっと濃い目の柄シャツ姿の少女が、私の顔目掛けて小さな黄色い花束を差し出していた。

そして小さな声で言われた『おめでとうございます』の十文字。

立場上、聞き慣れた言葉ではあったが、誰に言われるよりも嬉しくて、擽ったい気持ちになった。

花束の中には手書きのメッセージカードが入っていて、見ると『一日何でも言うことを利く券』と書かれていた。

きっとたくさん悩んで考えて、結局決められなくて困った末の苦肉の策なのだろう事は、少し気不味げに逸らされた視線で容易に察する事ができた。


(本当、可愛いなぁもう!)


私はお礼の言葉と共にその花束を受け取り、少女の肩を抱き寄せると、そっと扉を閉めた。

さぁ、待ちに待った一日の始まりだ。

まずは飲み物とオードブルを軽く摘まみ、リビングに移動して取って置きのDVDを一枚再生させた。

ソファーに並んで座りたかったのに、私に対してまだ遠慮がある少女は、私の隣ではなくローテーブルの前のラグの上に腰を下ろした。

少し残念に思いながらも、少女にしては珍しい私服でのスカート姿を堪能していると、少女は何かさせて欲しいと懇願してきた。まともなプレゼントも用意できなかったので、私に申し訳ないからと。

私は今日一日、少女と一緒にイチャイチャ過ごせればそれだけで十分だったのだが、少女の方はそうではなかったらしい。

真面目な少女らしいといえばらしいのだが、さてはてどうしたものか……。
私はしばし考え、少女に一つの提案をした。


「うーん、そうだねぇ……じゃあ、またごっこ遊びでもする?」

「八木さんの誕生日にごっこ遊び、ですか?」


少女は不思議そうに首を傾げていたが、ごっこ遊びなら気持ちの切り替えが下手な少女を強制的にイチャイチャモードに引き込めるので、私にとっては渡りに船だった。
正直玄関で少女を出迎えた瞬間から、私はイチャイチャしたくて堪らなかったので。

でも、少女の前では余裕のある大人の男で居たかったので、グッと堪えていたのだ。


「うん。嫌かな?」

「?……別に構いませんけど、何でわざわざごっこ遊びなんですか?」

「おじさん急にごっこ遊びがしたくなったんだから良いでしょ!理由なんて!!」


なおも尋ねてくる少女を強い言葉で黙らせて、私はラグに座る少女の二の腕を掴み上げると、自分の膝の上へとその身体を移動させた。


「ほらほらもっとこっちおいで!ごっこ遊びなんだから」


そしてそのまま少女の身体を横抱きにすると、私よりもずっと小柄な少女の身体をギュッと抱き締め額に軽く口付けた。

指を絡め合い、少女の頭に顎を乗せれば、少女の頬がほんのり色付き、幸せそうにへにゃりと緩んだので、私の頬も釣られて緩んだ。

そのまましばらくDVDを観ていると、やけに少女がおとなしく、どこかぼんやりとしていることに気が付いた。


「ん?どしたの?このDVD詰まんなかった?」

「……いえ、ちょっとボーッとしてました。『幸せ』だなぁって」

「HAHAHA、相変わらず少女は欲が無いなぁ。でもまぁ、私も幸せかな」

「そうなんですか?」

「そりゃーそうだよ!いままでは忙しくてこんなにゆっくり自分の誕生日を過ごした事はなかったからね」

「なら良かったです」


私の返答に、少女はホッとしたように小さく笑みを浮かべると、そのまま私の胸元に顔を擦り付けてきた。

猫の子が甘えているような仕草と、フワリと香るシャンプーの匂いに愛しさを感じた私は、少女の顔を覗き込むように顔を近付け、今度は唇に口付けた。

そして、襟元から覗く鎖骨や首筋を、なぞるようにそっと撫で回した。

すると少女は擽ったそうに肩をすぼめ、クスクスと声を立てて笑った。

まるで犬や猫のように、私達は戯れ合い絡み合いながら、互いの呼吸と熱を共有し合った。

いつもよりたくさん抱きしめたり抱きしめ返されたり、髪に指を絡めたり絡められたり、とにかくたくさん互いの身体に触れ合い感じまくった。

少々激しく濃いスキンシップの嵐に、少女は少し戸惑っていたようだったが、なされるがまま、私の全てを受け止めてくれた。

気が付けば、DVDはいつの間にか終わっていて、内容もあまり覚えていなかったが、そんな事は気にならないくらい、私の心は少女で満たされていた。

少女から伝わる温もりが、私に安らぎをくれる。
少女が側に居るだけで、心だけでなく、身体まで癒されていくような、そんな感覚だ。

私にはもう、ほとんど個性(OFA)は残されていないはずなのに、身体の奥底から力が湧いてくるような……そんな錯覚さえする。


(なんて心地良くて暖かな気配なのだろ)


もう直ぐ私はヒーローで居られなくなるが、少女が傍に居てくれるのならば、少女と共に居られるのならば……感じる喪失感と虚しさも気にはならない。

ヒーローとして、少女を守ってやれなくなるのは辛いが、少女が私の『信念』と『個性』を引き継いでくれるのだから、そんな事は些細な事だ。


『大丈夫、『平和の象徴』は失くならない』


そう、私は改めて思った。

もしかしたら私のこの感情は、一種の『依存』なのかもしれない。

だが、それでも構わないと思えるほど、私は少女が愛しくて……そして幸せだと感じていた。


 
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