ヒロアカ

□ごっこ遊び(ver.オル)
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■ごっこ遊び(ver.オル)-008



昨日のその後が気になるくせに、連絡一つまともに入れられなかった私は、翌日朝も早い時間から学校へと向かった。

そして昨夜と同じように校舎の窓際に立ち、チラホラと登校を始めた生徒達を眺めていた。その中に、少女の姿を探して。

少女は途中で合流したクラスメイトと一緒に、何か話しをしながら歩いていた。
少し元気がないように見えたが、窓越しに私の姿を見付けると、嬉しそうにへにゃりと顔を綻ばせた。

現金な私はその顔を見ただけで、一気に身体の強張りが解け、心が浮上した。

だがそれと同時に、クラスメイトと共に居る少女が、とても遠くに感じた。

少女はいつだって、全身で私に対する好意を示してくれる。
全身で、私が好きだと言っている。

だけど私は、それをそのまま受け止め返してあげる事ができない。
少女と同じ場所で、同じ想いを口にはできない。

だから私は、少女からの想いが嬉しくて、そして少し切ない。

私は少女に向かって軽く手を振ると、昨夜と同じように、少女から目を逸らした。真っ直ぐな、少女の想いから。

逃げ込むようにやって来た仮眠室で、気持ちを落ち着かせようと手にしたお茶がみるみる冷めて行く。
ポケットの中で携帯電話を震わせているのは、きっと私の様子がいつもと違うことに気付いた少女からの着信。


『おはようございます。今日は早いんですね。お仕事忙しいんですか?僕に手伝える事があったら何でも言ってくださいね。なんだか体調が悪いみたいだったので、少し心配です』


勝手にイジケて勝手に拗ねているだけなのに、ほらね。少女はこんなにも私の事を気にかけてくれている。
別にそれが嫌なわけじゃない。むしろ嬉しい。

だけどいまは――……それが少しだけ苦しい。


『おはよう。ありがとう、大丈夫だよ。ちょっと書類仕事が溜まってるだけだからね。それで悪いんだけど、今日はお昼休み会えないかも』


隠し事はしても嘘は付かないを信条にしている私は、別に急ぎでもない書類仕事を持ちだして、それとなく少女を遠ざけた。どうにもこうにも気持ちの整理が付かなくて。


「また偉く今日は不健康な顔色ですね。何かあったんですか?オールマイトさん」

「……あぁ、相澤くん。おはよう」

「はい、おはようございます」

「いやね、何で私はおじさんなんだろうって思っちゃってね……」

「何を今更」

「本当今更なんだけどね、昨日緑谷少女が轟少年と帰るところ見かけたらなんかね……激しく年齢差的なものを感じちゃってね。HAHAHA……」

「あー……そういや昨日は、轟が緑谷のこと送って行ったっぽいですね。自宅まで」

「え!?駅までじゃなくて!?自宅までって……近所じゃないよね!?二人」

「それに関しては俺も色々と思うところはありますが、時間も時間でしたからね。緑谷は爆豪のせいで自己評価が低いんで、そういった危機管理能力が欠落してて、正直一人で帰すのは少し心配だったんですよね」

「確かに。緑谷少女は自己評価低いよね。てか、本当は私が送って行きたかったんだよねぇ〜(ハァ……)」

「なら送ってけば良かったじゃないですか」

「だって、私が声かける前に轟少年が送ってくとか言い出してたから、言い出しにくくて……」

「で、その詳細も緑谷に聞けずに朝からウジウジしてるってわけですか(ッケ)」

「う゛っ!」


相澤くんの図星が、グサリと胸に突き刺さった。


「だって何かみっともないじゃん!余裕ない感じでさ」

「実際余裕無いんでしょ?何カッコつけてるんですか、アホらしい」


一度避けるような事をしてしまったら、そのままずるずると会いづらくなってしまい、良くないなよねと思っていたら、少女の職業体験の日が来てしまった。

職業体験中は学校には登校せず、研修先に直行直帰(距離によっては泊まり込み)なので、今日から約一週間は少女に会いたくても会えない。
こんな事ならば、相澤くんの言う通りカッコつけてないで、さっさと少女を部屋に連れ込んで話しでもなんでもしてしておくんだったと思っても後の祭りだ。


(校内で姿も見れないなんて……私、緑谷少女欠乏症でどうにかなっちゃいそうだよ。自業自得なんだけどさ)


一瞬。研修中の少女の様子をこっそり覗きに行こうかとも思ったが、グラントリノに見つかった時が怖いので、それは諦めた。

気を付けないと一日に何度も連絡を入れてしまいそうになったので、一応連絡は朝晩二回だけと自分で決めて、頑張ってそれを守った。

少女からの返信は、朝は短い挨拶だけのことが多かったが、夜はその日何をしたのかの報告が兼ねられていたので、必ず画像が一枚添付されていた。画像は主にグラントリノを写したものだったのだが、懐かしさと充実した研修の様子が伝わってきて、見ているだけで心が和んだ。

そして今日で研修も終わるという最終日。
何の前触れもなくかかってきた警察からの電話で、私の居た職員室は大騒ぎとなった。


――ヒーロー殺し『ステイン』。


日本全国で数々のヒーローを粛清と称し殺し続けている殺人敵が、少女やその他の生徒達の研修先のエリアに現れたのだ。

しかもステインに狙われたのは、少女のクラスメイトの飯田少年の研修先のヒーローだった。

まだ公表されていなかったが、飯田少年の兄であるヒーロー・インゲニウムが体育祭時にステインに襲われて再起不能になっている。まだ未熟な飯田少年が復讐心に駆られるのは容易に想像ができた。

そしてこの事を知ったならば、少女がおとなしくしていないだろう事も。

私は咄嗟に職員室を飛び出したが、直ぐに相澤くんに呼び止められ、現場に駆け付ける事を禁止された。
自分達教師には、現場にかけつるよりもまず、やらなければならない事があるからと。

その後、ステインが無事逮捕されたとの連絡が警察から来るまで、私達教師陣は身動きが取れなかった。

警察からの連絡で、ステインと遭遇、事件に巻き込まれた生徒は全員で三名。緑谷少女と飯田少年。それと轟少年である事が分かった。
併せて三人の怪我の具合も伝えられたが、少女と飯田少年はそれなりに大怪我を負ってしまったらしい。

だが、三人の活躍のおかげで、ステインに狙われていたヒーローは殺されずにすんだ。
負傷者はそれなりに出てしまったが、死傷者が出なかったことは奇跡に近いと言われた。

それはそうだろう。現場に居たプロヒーローはステインと遭遇早々に戦闘不能。
実際にステインと戦闘を繰り広げたのは、まだ仮免許も手にしていない研修中の生徒三名だけだったのだから。

だが、三人の行動は立派な規則違反だ。
そのまま公表してしまうと、将来に傷が付いてしまう。

そこで、その場に居合わせたプロヒーロー達と警察が話し合った結果。
ステインはヒーロー・エンデヴァーが捕まえた事とし、三人のことは伏せられる事になった。
怪我の具合は轟少年が一番軽く、少女と飯田少年はそれなりの重症となっていた。

しかし見た目程酷い怪我ではないそうなので、今夜一晩念のため入院したら、明日の朝には退院できるらしい。

相澤くんと手分けして、関係各所に一通りの連絡を終えたのは、病院の消灯時間間際の事だった。
時間が時間だったので悩んだが、私は少女と連絡を取ろうと携帯電話を取り出し操作をしていると、丁度グラントリノから電話がかかってきた。


「グ、グラントリノォ!?」

「おう!お前いま一人か?」

「は、はい。丁度緑谷少女に連絡しようかと思っていたところだったので」

「なら丁度良い。ヒーロー殺しの事で、ちょっと気になる事があってな……」

「気になる事ですか?」

「あぁ、これは現場に居合わせたプロヒーローの総意で警察には伝えてないことなんだが……」


そう前置きをするグラントリノの声色は、どこか緊張しているように感じられた。
自然と、丸めた背筋が伸びた。


「どうやらあの小娘は、ヒーロー殺しと何らかの関わりがあるらしい」

「っはぁあぁ!?」

「ヒーロー殺しは俺達が駆け付ける前、小娘を小娘と認識すると顔色を変え――『無個性の暗示が解けたのか』と言ったそうだ」

「無個性の、暗示……!?」

「小娘には何の事か分からなかったようだが、奴はかなり動揺していたらしい。そしてその後の奴の言動と併せて考えると、小娘の足の関節を偽装し小娘を無個性に仕立てあげたのは、十中八九奴で間違いないだろう」


現段階ではまだ、少女の持つ本来の個性が何なのかまでは分からないが……少女が個性持ちである事は、これで疑いようのない事実となった。

そしてステインの言動から、その個性は敵のみならず、ヒーロー側に知られても厄介なものらしいと推測された。

ならば六年前に、私が倒しきれなかった宿敵オール・フォー・ワン(AFO)が動き出した現在(いま)。これ以上、OFAの秘密を少女に隠し続ける事はできないだろう。
少女が戻ってきたら、私は残るOFAの秘密を少女に打ち明ける事にした。


「『重いもの』を背負わせてしまうな、緑谷少女」


それでも少女は、きっと一つ返事で受け入れてしまうのだろう。
私から託されるそれを、背負わないという選択肢は、少女の中にないのだろう。


『とりあえず身体が動いちまうような所はお前にそっくりだよ』


耳に残るグラントリノの言葉に、私は通話を終えた携帯電話を両手で握り締め項垂れた。


「えぇ、まったくもってそっくりなんです。いえ、『自己犠牲の精神』は私よりも強いかもしれない……」


だから私は、少女を後継者に選んだ。少女にOFAを引き継がせた。

少女の中に、自分の理想とするヒーロー像を見てしまったから。

自分(オールマイト)に憧れ、慕う心を利用して、私は私の理想を少女に押し付けてしまった。まだ、ほんの子供の少女に。

まだ卵の少女をまともに一人で育てる事もできないのに……。


『そんな少女に私ができる事は、個性(OFA)を与え見守る他に、何があるだろうか?』


それを考えていたら、いつの間にか夜が明けいた。
窓から差し込む朝陽に、私は目頭が熱くなった。


  
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