ヒロアカ

□ごっこ遊び(その他視点)
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高校に入学してからの俺は、毎日が不機嫌で、不機嫌じゃなかった日は1日とない。

理由はただ一つ。物心付く前からの腐れ縁のアイツ――クソナードこと『緑谷出久(みどりやいずく)』。
幼稚園から小学校も中学校もずっと同じクラスで、高校からは別になると思っていたのに、あんなに脅したのに、出久は俺と同じ高校を受けた。

そしてまた、俺と同じクラスになりやがった。よりにもよってヒーローを目指すヒーロー科だ。最悪どころの話じゃねぇ。

しかも無個性のはずだったのに、受験間際に突然個性が発現したってなんだよ。聞いてねぇよ。俺は。

家が近所だから、通学経路も時間もほぼ一緒。
俺を避けるように、微妙な距離を取りつつ、出久は歩く。去年から、突然伸ばし始めた癖っ毛を、尻尾みたいに揺らしながら。

クラスに俺以外知り合いが居ないせいか、中学までとは違い、おどおどしつつも俺以外の奴と親しく話しをしているのがムカつく。お前は『一人』で居なきゃ駄目なのに……。

ここはヒーロー科だから、俺が個性で威嚇しても脅しても誰も言うことを聞きやしない。俺を無視して、勝手に出久に近付いて行きやがる。
出久に近付く奴が、『無個性』だったら、俺も少しは我慢できるのに……ヒーロー科だから、面倒臭いことに皆個性持ちだ。

不安と焦りを感じつつも、出久がこんな風に笑って居るのを見るのはどのくらいぶりかと、思わず見とれる事もしばしば。

俺達が進学した雄英高校は、今年度から出久がずっと憧れている現役No.1ヒーローのオールマイトが教師になった。その上、俺達の副担になったもんだから、出久は毎日機嫌が良い。俺とは正反対だ。
毎日毎日楽しそうに、嬉しそうに、花が咲いたように笑っている。

そして、俺が視界に入ると、その笑顔は少し曇る。
困ったように眉を下げて、ブサイクな笑みに変わる。

俺はそれが面白くない。
昔は俺にだって、普通に笑顔を向けていたのに……。

原因は分かっている。そうなるように俺が仕向けた。納得してた事だ。

だけどやっぱり、傷付く。胸が痛い。泣きたくなる。

出久は、冬に突然発現したという個性をまだ上手く制御できていなかった。
だから実習の度に怪我をしては、保健室に世話になってやがる。

俺は出久が怪我をするたび、お前にヒーロは向いてないと説得し続けた。
だけど出久は、妙な自信を持っていて、そんな事はないと反論してくる。
どうも誰かが、出久でもヒーローになれると唆したらしい。
一体どこのどいつだ、そんな事を言ったのは!?

聞き出して、相手をぶちのめしたかったのに、出久はそいつの名前を言わなかった。俺がどんなに脅しても、絶対に口を割らなかった。

出久に近付く奴は、片っ端から脅して追っ払ってきたのに、一体いつの間に、どこで知り合ったのだろうか?そんな奴と。

少し前までなら、出久の事なら何でも知っていたのに……いまは知らない事が日に日に増えているような気がする。

携帯電話で連絡を取るような相手は居なかったはずなのに、時折休み時間に、着信を確認したり、メールやLINEの返事を打ったりしている。
昼休みになると、嬉しそうに一人どこかへ消えて行く。

擦り傷や切り傷が絶えない指先。
肉付きの変わってきた身体。
不意に見せる、切なげで艶を帯びた表情。

俺の知らない間に、出久に何があったのだろうか?
何がここまで出久を変えてしまったのだろうか?

ずっと側に居たはずなのに、ずっと見てきたはずなのに……俺はその変化の理由を知らない。

ヒーローにしか興味が無かったはずなのに、普通の女みたいな事を気にしだした出久に、心がざわついた。


――奪われる。


相手は誰だか分からないが、そう感じた。

冗談じゃない!出久は俺の物だ。
ずっとそうだったし、これからも、ずっと出久は俺の物だ。

俺じゃない誰かが、出久の側に居る。アイツに触れている。
出久に話しかけられて、笑いかけられている。

そう思ったら、我慢できなかった。

だって俺は、ずっと我慢してきたのに。
嫌われても避けられても、それでも耐えてきたのに……。
何で何もしてない奴に、出久を奪われなくちゃいけないんだ。

そんな感情が爆発したのは、七月十五日の昼休みの終わり。
出久の十六の誕生日だった。

いつもは、首の後ろでゴムで一つ縛りにされている髪が、飯を食ったらサイドの髪を捻って後ろで一つにまとめたやつになっていた。出久は不器用だから、そんな小洒落た髪型なんて、絶対に自分じゃできない。
で、そこに見たこともない黄色いリボンが結ばれていた。
ペラペラした安っぽいリボンじゃなくて、ちょっと高そうな厚みのあるリボンだった。


「あっれー?デクちゃんそのリボンどうしたの?髪型もさっきと変わってるね」

「あー……うん。ちょっとね。変じゃないかな?」

「全然変じゃないよーてか似合ってて可愛いよ!」

「本当に?ありがとう(エヘヘヘヘッ)」

「もしかして誰かに貰った?今日デクちゃん誕生日だもんね」

「実は、そう、なんだ……で、せっかくだからって結んでくれて……」

「そうなんだ。ん?って事はデクちゃんが付き合ってる人って雄英だったんだぁ!他のクラスだよね?B組?それとも普通科?サポート科?」

「や、それは……そのぉ……あ!で、でも別に僕、付き合ってるわけじゃ……」

「またまたー、でも、好きなんでしょう?確かデクちゃん年上が好みのタイプだったから、相手は先輩かなぁ?」


出久と丸顔女の会話を聞いていたら、目の前が赤だか黒だかで染まって、自分を抑えられなくなった。

俺は自分の机を蹴飛ばしながら立ち上がると、そのまま驚き会話を止めた出久の二の腕を掴み、教室の後ろの壁にその身体を叩き付けた。

そして、逃げられないように腕と足で出久の身体を囲い込み、怒鳴り散らした。


「誕生日だからって良い気になるなよクソナード!去年から急に髪伸ばしたり色気づきやがって、気色わりーんだよ、ブスが!!てめぇーなんかにリボンが似合うかよ!!外せ!!」

「か、かっちゃん……別に僕、良い気になってなんて……痛っ!」

「デクのくせに口答えしてんじゃねぇーよ!!良いからさっさとそのリボン外せ!後、その似あってもいねぇ髪型も止めろ!!燃やすぞゴラァア!!」

「……やっ!?燃やさないで!外す、外すから、ちょっと待って!落ち着いてよかっちゃん!これ大事なリボンなんだから……」


壁と俺の身体の間で暴れるアイツの後頭部から、無理やりリボンを毟り取ろうとしていた俺は、その一言で完全に切れた。


「……誰だよ……誰に貰ったんだよ!?俺以外から貰ったもん何か付けてるんじゃねーよ!!クソナードがぁあ……!!」


そして、個性の制御をミスった俺は、リボンごと出久の髪を燃やしてしまった。

ボンッという爆発音の後に、少し遅れて、パサリと床に焼け落ちた緑がかった癖っ毛の束。

騒がしかった教室内が一瞬で静まり返り、数拍置いて、丸顔女の叫び声で再び騒ぎ出した。当社比5倍越で。

鼻を掠める燃えた髪の臭いと、ピクリとも動かない出久に、やり過ぎたと思ったが後の祭りだった。


「……あ……わりぃ。リボンだけ燃やすはずが……」


俺は腕を掴んでいた手の力を緩め、出久の顔を覗き込んだ。
出久は泣き虫だから、絶対泣くと思った。酷いと罵られると思った。

だけど出久は、泣かなかった。何も言わなかった。
否、言えなかっただけなのかもしれない。
真っ白な顔をして、ただ、足元に落ちた焼け焦げた自身の髪の束と、リボンだった残骸を見つめていた。
丸顔女や他のクラスメイト達が、俺を責、出久を慰めるように声をかけていたが、出久は何も言葉を発しなかった。

ふらりとしゃがみ込むように腰を下ろした出久は、無言で、真っ黒な消し炭のようになったリボンの残骸を手に取り、大切そうに指先で数度撫でた。

そして、取り囲むクラスメイト達を静かにかき分け、自分の席に戻った。

授業の本鈴はとっくに鳴り終わっていて、授業のために教室にやってきた担任が、何事かと問う前に、クラスメイト達から次々に俺のしでかした事の一部始終を聞かされていた。

もともと表情の変化が乏しい担任の顔が、険しく顰められ、俺は放課後教員室に呼び出しを食らった。

そしてほぼ無反応の出久の心情を思い、重く気不味い空気の中、淡々と授業は行われた。


「爆豪、お前いくら何でもアレは無いよ!いくら気に食わなかったからって、女の子の髪燃やしちゃ駄目じゃんかよ」

「……うっせーな。てめぇに関係ねぇだろう!!クソ髪」

「関係なくないって。教室であんな騒ぎ起こされたんじゃこっちもたまったもんじゃねぇもん!相澤先生滅茶苦茶怒ってて怖かったしよぉ!」

「……俺は悪くねぇー……デクがわりぃ。リボンごときでヘラヘラしやがって……」

「いや、そのリボンごときで女の子の髪燃やしたのお前だからな!爆豪」

「……ッチ」

「でも、一体緑谷の奴、誰からあのリボン貰ったんだろうな?相手は雄英の生徒っぽいけど、俺あんまり緑谷が他のクラスの奴と居る所見たことねーんだよなぁ……」

「俺だってねぇよ。いたら俺が蹴散らしてるわ!」

「本当、お前何様だよ!付き合ってもねーのにその独占欲はねぇよ!いくら緑谷大好きでもよー……」

「っは!?誰があんなクソナードの事なんか全然好きじゃねーよ!!ふざけんな!!」

「え……お前、それ本気で言ってるのかよ?クラスの大半が知ってるぞ?お前が緑谷に惚れてるって」

「!?」


驚いた俺は目を見開いて、睨み付けるように教室の中を見渡した。

どうやらクソ髪の言っている事は本当らしかった。

一体いつからバレていたのだろうか?
俺が出久の事を好きだと……。

俺は恥ずかしさとバツの悪さから、クソ髪に爆発をお見舞いすると、そのまま鞄を引っ掴んで逃げるように帰宅した。
俺が居なくなった教室内が騒がしかったが、知ったこっちゃない。

その夜、家に担任から電話が掛かってきて、呼び出しをスッポカシた事と俺が出久にしでかした事が親にバレて滅茶苦茶怒られた。殴られ過ぎて頭が痛かったが、俺の胸はその何倍も痛かった。

泣かせたいわけじゃない。
悲しませたいわけじゃない。
ましてや、傷つけたいわけじゃない。

俺はただ――……。


 
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