うたわれるもの
□タイトル未定
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◆其の弐・ギギリ退治◆
始めは周りに合わせて山道を歩いていたのだが、やはり体力が違うので早々に息が上がってしまい、哀れみと共に荷物を運んでいる荷台を勧められた。
元々荷台には荷物の他にマロロが乗っていたので、今更一人ぐらい増えても問題ないと言われたが、乗ったら負けな気がした。何にとは言わないが。
「頑張るのは良いが、それで目的地に付いてから使い物にならなかったら困るから、無理せず荷台に乗ってくれよ。アンちゃん」
「そうだよ、ハク。楽できる時は楽しとかないと、体力無いんだから」
「…………はい。素直にそうさせていただきます」
だが、そんな意味のない意地が貫き通せるわけもなく、絶賛乗り物酔い中のマロロと仲良く並んで荷台に腰を下ろした。
隣で吐かれたくなかったので、その際に肩を貸し、マロロの背を擦ってやったり、額を撫でてやると、幾分か楽になったようで感謝された。
「ハク殿の掌はヒンヤリしていて気持ちが良いでおじゃる」
「そうか。なら良かった(頼むからここ(隣り)で吐くなよ)」
目的地に着くと、ウコン達はギギリを誘き寄せるための餌の準備に取り掛かった。
餌はギギリの好物である腐肉を煮詰めた物を使うらしく、荷台に積んであった樽の蓋を開けると、途端に辺りに強烈な臭いが充満した。
「凄い臭いだな。マロロじゃないが吐きそうだ」
「まぁ、これで直ぐにギギリが集まってくるから、ちょっとだけ辛抱してくれよ。アンちゃん」
その言葉通り、数分もしない内に、数匹のギギリが姿を現した。
「ん?あれがギギリなんだよな?なんか自分が遭遇した奴よりも随分と小さい気がするが、あれはまだ子供なのか?」
疑問をそのまま口にすると、ウコンとクオンの顔色が青くなった。もしかしたら、乗り物酔いをしていたマロロよりも青いのではないだろうか。
ウコンの手下達が襲い来るギギリと格闘している合間に、逃げながら聞かされた説明によると、いま現在進行形で目にしているギギリが通常サイズで、繁殖期になるとその中から身体が大きくなる個体が現れ、番となり子を成すらしい。
そして親となったギギリのことを『ボロギギリ』と言うらしい。
つまり、自分が遭遇したギギリはギギリはギギリでもボロギギリの方だったらしい。
「一体アンちゃんはどうやってボロギギリから逃げ延びたんだ!?ありゃー普通のギギリよりも足も早いし厄介なんだぞ!!」
「どうと言われても、無我夢中で走っていたら穴に落ちたんだ」
「穴?」
「で、そこに居た赤い水ライム状の――……タタリとかいう奴が自分を追って落ちてきたボロギギリを食っちまったんだよ」
「タタリが?なるほどな。彼奴等は生き物なら何でも食っちまうからな。けど、よくボロギギリよりも先に落っこちたアンちゃんは食われなかったな」
「……それは自分にも分からんが、たまたま運が良かったんだろう」
ウコンが心底不思議そうにしていたが、それ以外に自分には答えようがなかった。
そうこうしている内に、最初に腐肉の臭いに釣られて集まってきたギギリが粗方倒し終わりホッとしていると、直ぐにまた別のギギリ達が現れ、話をしている余裕は無くなった。
「ハク!ハクの事はわたくしがちゃんと守るけど、流石にこの数相手に丸腰だと心配だから『これ』を渡しておくかな」
「これは、『鉄扇』か?クオン」
「えぇ。この鉄扇は特別な鉄扇だから、きっと持っているだけでハクの事を守ってくれるかな」
ウコン達が持っている刀に比べれべ余程小さくて軽いのだろうが、自分にしたらそれでも結構な重さがあり、扱いが難しそうだったが、クオンが自信満々に差し出してくるので取り敢えず受け取っておいた。
使い方も分からず持っているだけがやっとの鉄扇片手に逃げ惑う自分を庇いながら、ウコンとクオンが器用に寄ってくるギギリの群れを蹴散らしてい様はとても勇ましく頼もしかった。
「しっかしいくら腐肉で誘き寄せたにしても数が多すぎじゃないか?切りがねぇ……」
「…………なぁ、ウコン」
「なんだアンちゃん?」
「さっきボロギギリの説明を聞いてて気になったんだが、ボロギギリは『番』になって子を成すんだよな?」
「あぁそれがどうした?」
「という事は、自分が遭遇したボロギギリにも相手が居て、その相手が既に子を成していたという可能性はないだろうか?」
「なくはないだろうな。ってまさか!?」
「あぁ、その場合、残った方のボロギギリが子を引き連れた状態でこの付近に居るんじゃないのか?」
一面真っ白な雪景色なので、自分がボロギギリに遭遇した場所も、クオンに保護された場所も正確には分からない。
だが、自分の記憶の始まった場所。ボロギギリと遭遇した場所は――……この周辺だったのではないだろうか?と、どことなく見覚えのある景色を前に、浮かんだ可能性をそのままウコンに伝えてみた。
「ちょっと待ってくれ!アンちゃん。って事は何か?番の片割れ――もう一匹のボロギギリがこの周辺に居て、いつ出てきてもおかしくないってことか!?」
「確かにハクが最初にボロギギリと遭遇したという場所はわたくしも分からないけれど、ボロギギリの行動範囲を考えると、ハクを二度目に保護した場所からここはその範囲に当てはまるかな」
「マジかよネェちゃん!!お前ら一旦いま居るギギリを蹴散らしたら一時撤退。作戦を立て直すぞ!」
それまでよりも真剣味を増したウコンの声が辺りに響き、周囲の様子を確認すると同時に、いままさに話題にしていたボロギギリの片割れが姿を現した。更に大量のギギリ(子)を引き連れて。
「ッチ。間に合わなかったか」
あちらこちらから悲鳴や叫び声が上がり、一瞬で場は混乱し、自分はウコンともクオンとも引き離されてしまった。
「アンちゃん!!」
「ハクゥー!!」
「ウコン、クオン……くそぉお!」
使い慣れない(持ち慣れていない)鉄扇を振り回し、飛びかかってくるギギリを何とか弾き返すが、自分ではその数に限りがあった。
――振り回す腕が痛い。
――逃げ続ける足が重い。
――息が乱れて苦しい。
踏ん張りの効かない下半身は、鉄扇を一振りする毎にバランスを崩しその動きを鈍くして行く。
もう駄目だと諦めかけた時。視界の隅に、腰を抜かし仲間に置いて行かれたマロロの姿が見えた。
「マロロォ!!」
「ハク殿!」
見てしまったら、そのままにはできない。
自分の身ひとつ守れなくとも、子供よりも非力だと言われそれを自覚していても、見捨てることなどできはしない。
頭で考えるよりも先に、身体が動いていた。
自分はマロロに駆け寄り、力の限りマロロの身体を引っ張った。
「ハク殿、止めるでおじゃる!マロロの事は構わず逃げるでおじゃる!!このままではハク殿まで殺られてしまうでおじゃるぅ!!」
「そうは言われてもな、ここでマロロを見捨てて自分だけ逃げるというのはどうにも気分が悪いぃ!!」
「だけどハク殿!」
「どうせ足掻くなら、一人より二人の方が良い。自分勝手で悪いがマロロ、少しだけ自分に付き合っては貰えないだろうか?助けられる保証は無いが……」
偽善でも正義感でもなく、ただ自分が嫌だったからそうしただけなのだが、自分の行動にマロロは甚く感動したらしく、恐怖とは違う涙を浮かべキラキラとした眼差しで自分を見上げていた。
それでも状況は何一つ変わらなくて、ギギリからマロロを庇うように抱きしめその場に蹲った。
けれど衝撃も何もなく不思議に思い顔を上げると、何時の間にか駆けつけてきていたウコンが、自分達に襲いかかるギギリを蹴散らしてくれていた。
「大丈夫か!?二人共」
「……ウコン」
「ウコン殿!」
「アンちゃんありがとうな!マロロを見捨てないでくれて」
そしてそのまま、ウコンは自分を担ぎ、マロロを小脇に抱えると全力疾走で走り出した。
どんどんと遠ざかるギギリの群れと風を切る音に、暫く自分達は助かったのだと安堵した。
予想を遥かに越えるギギリの数と、ボロギギリの出現で死傷者が出てしまったが、何とかその数は最小限ですんだらしい。
「これで、最小限……(酷いありさまじゃないか!?)」
「あぁ、アンちゃんの話がなかったら撤退の号令はもっと遅れていた。こんなもんじゃすまなかった。本当に感謝する」
「けど、自分がギギリとボロギギリの違いを知っていれば、そしてそれをもっと早くウコンに伝えていれば……」
「それは仕方がないことだ。アンちゃんは記憶喪失で、ギギリとボロギギリの区別が付かなかったんだから」
助けられ、気遣われるだけの自分が酷く情けなく感じた。
「問題はあのボロギギリをどうするかだが、マロロ何か策はあるか?」
「ギギリだけならまだしも、ボロギギリ相手となると難しいでおじゃるよ。ボロギギリは大きさだけでなく、その全てがギギリよりも上でおじゃるから」
「……」
「それに……いまの騒ぎで動ける者が減ってしまった上に、今回はギギリ用の装備しか持ってきていないでおじゃる」
ウコンに采配師としての意見を求められたマロロは、クオンに手当を受けている怪我人達をチラリと伺いながら、困ったようにそう答えた。
「なぁ、ボロギギリはどうしても自分達が手を下さなければいけないのか?」
「?そりゃーそうだろうよ、アンちゃん。ギギリだけでも厄介なのに、ボロギギリをそのまま野放しにしておいたら、麓の被害は広がる一方だ」
「いや、そうじゃなくて……俺が遭遇したボロギギリのように、タタリに食って貰うってのは駄目なのか?」
「!?」
ウコンとマロロは目から鱗と言わんばかりに驚き、そして名案だと破顔した。
けれどそう都合よく、タタリの住処が近くにあるかは分からない。
自分が遭遇したタタリを連れてこれれば話は早いが、正確な場所は覚えていないし、そこからの距離もどのくらいあるのか分からない。
三人でどうしたものかと考え込んでいると、一通り手当を終えたクオンが、だったら自分がタタリを連れてくると言い出した。自分ならばその場所を覚えているし、それなりに逃げ足には自信があるからと。
「そうしてもらえれば助かるが……本当に良いのかい?ネェちゃん」
「別に連れてくるだけなら、そう難しい事ではないかな」
実にあっけらかんとそう言い放つクオンに、ウコンの頬が軽く引きつっていたが、直ぐに気持ちを立て直すと、クオンにタタリの事を一任した。
(クオンって、何でこんなに逞しいんだろう?育ちは良さそうなのにな……)
クオンがタタリの元へと駆けて行って暫く。
ウコンは動ける仲間をかき集め、数人を怪我人達の護衛に残すと、残りを更に小分けにし、クオンとの合流予定地までの道に配置した。
ちなみにマロロは怪我人の護衛で、自分は合流予定地で他の者達と一緒に待機となった。
タタリを誘き寄せに行ったクオンと、ボロギギリを誘導して来るウコン。先に自分達の所へと辿り着くのはどちらが先か……。
それぞれの武器を手に、物陰からその瞬間を待っていると、なぜかタタリでもボロギギリでもなく、全く関係ないギギリの群れが現れた。しかも背後から。
「っげ!!確かにそーゆー可能性もあったが、自分達しか居ない所に現れても困るんだが……」
気を抜いていたわけではないが、不意を付かれた形になった自分達は、ただでさえ少ない戦力を散り散りに散らされ、尚且つ逃げ道を塞がれた。
「頼むからどっちでも良いから早く来てくれぇー!!」
尻餅をついたところに覆い被さるように迫り来るギギリを前にそう叫ぶと、少し離れた所から『伏せろ』という声が聞こえた。
タタリを前にクオンに保護された時の事が思い出され、デジャブを感じつつその指示に従うと、伏せた頭上で鈍い打撲音と何かが倒れ落ちる音が聞こえた。
恐る恐る顔を上げると、先程まで自分に覆い被さるようにそこに居たギギリが姿を消していて、振り返るとドヤ顔のウコンが居た。
「……ウコン!助かっ…………ボロギギリィ!!!!」
確かに助かった。ギギリからは。
けれどウコンが居るということは、ウコン達が連れてきたボロギギリも居るわけで……状況はむしろ悪くなったと言える。
感謝と罵声が飛び交う中、戦力にならなくとも邪魔にはなるまいと、何とか立ち上がりギギリの攻撃を鉄扇で受け止めてみたが、躱すどころかそのままふっ飛ばされてしまった。
「アンちゃん!?」
「うわぁあー……!?……あ?」
「おまたせかな。ハク」
「ネェちゃん!!」
「クオン!!」
「さっきはウコンに美味し所持ってかれちゃったけど、今度はちゃんとわたくしが守ってあげるからね」
勢い良くふっ飛ばされた先には、見事タタリを連れて戻って来たクオンが居て、自分はクオンに受け止められそのまま横抱きにされた。
(自分よりも身体の大きな相手を横抱きにして、尚且つこの速度で走れるって……クオンって本当に力持ちだなぁ)
性別を偽っているため、現在の自分はウコンに担がれているよりも情けない状態ではあるが、クオンがいなければ、確実に自分はボロギギリ達の餌になるだろう。てかなっていたと思う。身も心もヘトヘトで、逃げる気力も体力も、さっき吹き飛ばされた時に一緒に吹き飛んでしまったので。
なので他人からどう見えるかという事は、気にしないことにした。『気にしたら負け』という奴だ。
クオンの連れてきたタタリはこちらの思惑通り、 ボロギギリとその子供と思わしきギギリ達を、手当たり次第に捕食していった。
流石にこれだけの量を腹に納めれば満腹になるのか、自分達に危険の無い程度にまでギギリの数が減ると、膨れた身体を気怠げに翻し、タタリは元いた塒へと帰っていった。
去り際に、一度立ち止まったタタリと目が合ったような気がしたが、定かではなかった。
なぜ自分はこんなにも、あのタタリの事が気になるのか……。
再び胸に込み上げてきた不思議な感情に戸惑いつつも、ウコン達と共に自分もその場を後にした。