うたわれるもの

□タイトル未定
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◆其の伍・仮就職◆


「それでハクさんはこれからどうするですか?」


帝都滞在三日目。
今日も今日とて山のような書物を抱え白楼閣の部屋にやってきたネコネは、顔合わせるなりそう尋ねてきた。


「どう?とは……どういう意味だ?ネコネ」

「だから、記憶がないにしても、一体いつまで姉様のお世話になるつもりなのですか?だいたいここの宿泊費だってどうするのですか?確かに初めは兄様が用立てたようですが……」

「それはぁ、自分に聞かれても……」


困ったようにクオンを見やれば、クオンはニッコリと笑い、『そろそろハクも働き出しても良い頃かな』と言い出した。


「ハクにはまだ何が向いてるのか分からないけど、できることから色々と挑戦して行くのは良い事だと思うかな。今後の生活費のこともあるしね」

「色々と言ってもなぁ、そんなにすぐ仕事が見つかるものなのか?」

「っま、なんとかなるかな。ここは帝都だし」


そんなものなのだろうかと思ったが、実際ネコネに連れられて街に出れば、確かに仕事はあった。ピンキリではあったが、その時その日払いの仕事がいくらでも……ただ、ほとんどが肉体労働だった。


「うーん……やっぱりハクには肉体労働は無理っぽいかな」


それは、いくつかの仕事をこなし、失敗と解雇を目にしたクオンの素直な感想だった。


「…………働きたくないとか以前に、俺もそう思うぞ。クオン」


何せ子供よりも力も体力も無いのだ。
となればできる事も限られてくる。
しかしそれらで得られる賃金では、到底生活等賄えない。朝から晩まで働いたとしても、子供のお小遣いに毛が生えた程度の稼ぎにしかならないのだ。

では得意の算術を生かす仕事はどうかとなったが、一般的に算術が必要とされる職業は信用第一。記憶のない身元不詳のヒトを雇っても良いという雇用者はまず居ない。

國が試験を実施している学士や殿学士などの資格があるのなら話は別だが、つい数日前まで文字も読めなかった自分がそんな資格を持っているわけもなく……つまるところ、途方にくれていた。


「まぁ、もう暫くはしょうがないからわたくしがこのまま面倒見るかな。で、どうしても帝都で仕事が見つからないようなら、わたくしの國行くのも一つの手ではあるかな」

「姉様はハクさんに甘いのです。こんな穀潰し、さっさと放り出してしまえば良いのです!」

「……クオンの國?(ネコネ酷い)」

「うん。わたくしの故郷は帝都程栄えてはいないから基本的に肉体労働なんだけど、知り合いの文官みたいな職のヒトがね、いつも忙しくて補佐ができるヒトを常に募集中だったから……それならきっとハクにも務まると思うかな」

「ハクさんに文官のような仕事は無理だと思うのですよ。姉様」

「それはそれで忙しそうだなぁ。肉体労働じゃないのはありがたいが」

「っま、そんなわけだから、ハクは焦らず自分に合ったお仕事をゆっくりと探せば良いかな。もちろん手が開いている時はわたくしの手伝いもしてもらうけど」


クオンの菩薩のような笑顔の背後に、肉食獣のような気配を感じたが、それは気が付かなかったことにしよう。多分それが良い。

ネコネは相変わらずプリプリしていたが、それはつまり、まだ当分の間クオンが帝都に滞在しているということなので、頬を膨らませながらも尻尾を嬉しそうに揺らしていた。

その夜。ネコネが持ち込んだ教材の中で、既に不要となったものを返却するついでにと、ネコネが小姓として仕えている邸の主――右近衛大将『オシュトル』に目通りすることになった。


「こんな時間にすまない。某はオシュトル。知っているとは思うが、帝よりヤマトの右近衛大将の地位を賜りそれ勤めさせてもらっている」

「はぁ……」

「……」

「クジュウリでの盗賊討伐の折は世話になったのに挨拶もそこそこで失礼致した。謝礼と詫びを兼ねて夕餉でもどうかと思ってね」

「別に自分達は何もしていないんで、そんな改められても困る。なぁ、クオン」

「ハクの言う通りかな。わたくし達はウコンに誘われて、たまたまその場に居合わせただけだから……でも、夕餉の誘いはありがたいかな」


ここで夕餉を食べて帰れば、白楼閣での一食分の食費が浮く。そんな考えが頭を過ぎったのだろう。自分の養親状態のクオンは、オシュトルの申し出を断らなかった。

用意されていた夕餉は特別豪華な物ではなかったが、一品一品丁寧な下処理がされていて、どれもこれも調理に手間と時間がかかるもばかりだった。そしてやっぱり、量が自分の基準を大きく上回っていた。


(それにしても、本当にこいつらよく食うよなぁ。何でこんなに食えるんだ?)


ネコネが同席している上に話が主体の夕餉だったので、酒の量はさほど多くはなく嗜む程度だったが、少しでも酒が飲めるのは素直に嬉しかった。

おそらくこの夕餉の目的は『品定め』。

帝都の治安を守る右近衛大将としては、自分の配下の者(ネコネ)が親しくする他国からの旅人(クオン)と、得体の知れないその連れ(自分)の事が気になるのだろう。
特にネコネは頭は良いがまだ幼いので。


(まぁ、ネコネ自体ウコンが自分達を探るために寄越したようなものなのだろうが……)


なので自分は余計なことは口にせず、会話はクオンに任せ、チビチビと酒の味を楽しんでいた。


「――ところで、ハク殿は何か仕事を探しているとか」

「あ?あぁ、ネコネから聞いたのか?」

「うむ。何かハク殿にできる仕事はないかと尋ねられてね」

「そりゃーまぁ、いつまでもクオンにおんぶに抱っこってわけにはいかないからな。だが、自分は力が無ければ他にも何も無いからな」

「そんな事はないと思うが。ネコネに聞いたのだが、読み書きができなかったのに一晩で一通り読めるようになったとか……」

「あぁ、読むだけはな。基本となる文字と、ある程度の規則性と最低限の文法が分かれば、だいたい何が書かれているかは分かるからな。間に分からない文字があったとしても、前後の分かる部分を繋ぎ合わせて内容を推測することも可能だしな」

「……まぁ、そうなのだが、普通はそれが難しくて大変なのだが……」

「だが、書く方はまだ駄目だなぁ〜……なにぶん書き慣れてないからな。読めても書けん!」

「…………そうか。記憶喪失と伺っているが、随分と物覚えが良く頭が良いようだな」

「いままで読めなかった文字が読めるようになったくらいでそれは大袈裟じゃないか?」

「ハク殿は随分と自己評価が低いようだが、文字を読めるというのはそれだけで凄いことなのだよ」

「文字の読み書きなんてできて当たり前のことだろう?現にネコネにも子供でも文字が読めると言われたぞ」

「……(ヒクリ)」


悪気はないのかもしれないが、自分は当たり前のことを当たり前にできるようになっただけでなにも特別なことはしていない。なのにそれを身内以外から褒められるのは、些か過剰な気がしてどうにもこうにも耐え難い。

確かに自分は字が読めなくて、そこらかしこに書かれていた文字を模様か何かだと思ってはいたが……それは『自分』の知っている文字とはかけ離れた形をしていたからだ。

逆にクオン達は、自分の知っている文字は何一つ知らなかったし読めなかった。

言葉が通じるのに文字だけが違うとは、普通思わないだろう。だから自分だってネコネに指摘されるまで文字が読めないとは思ってはいなかったのだから。

何となく面白くなくて、杯の中に残っていた酒を飲み干すと、そのまま口を噤んだ。
すると何となく会話が途切れた。

困ったように自分とオシュトルの様子を伺い、助けを乞うようにネコネがクオンを見やるが、クオンはオシュトルが会話を再開させるのを黙って待っているだけだった。


「気分を害したのなら謝ろう。だが、某はウコン同様ハク殿を評価している。それは信じて欲しい」

「別に、気分は害していないから大丈夫だ。ただ本当に、過剰に褒められるのは好きじゃないんだ」

「某は何も過剰には……っと、ここで話を蒸し返しては意味が無いな。しかしそれでは話が進まないので、某とウコンがハク殿を評価しているという前提で話をさせて欲しいのだが……」

「なんだ?」

「単刀直入に申せば、実は某はいま、ウコンのように裏で自分の手足となり動いてくれる人材を探している」

「……」

「そこで、クオン殿薬師としての腕と、ハク殿の頭の良さを見込んで仕事を依頼したい。どうか某の隠密として働いてはくれぬか?」


流石にオシュトルのこの申し出にはクオンも驚いたようで、慌てて横を振り返ると、まさかといった顔で目を見開き驚いていた。

品定めは品定めでもそっちの品定めだったのかよと思ったが、そこではたと自分は首を傾げた。

確かにクジュウリで出会ってから帝都までの道中、ウコンとはそれなりに打ち解けてしたしくはなった。だが、帝都に着くなり不信感やら警戒心やらを蒸し返しているので、クオンはともかくとして、ウコンが自分を評価しているというのは可怪しいのではないだろうか?


「アンタはさっき、ウコンも自分を評価していると言ったが、それは何かの間違いじゃないのか?少なくともウコンは、自分のことを信用していなかったはずだ」

「なぜハク殿はそう思われるのだ?」

「それは……」


大浴場の廊下での一件を、なんと説明したら良いのか分からず言葉を詰まらせていると、オシュトルは突然、自身の太ももをバシバシと叩きながら大声で笑いしだした。


「アッハッハッハッハ!それは白楼閣の風呂に関する一件のことかい?アンちゃん」


ガラリと変わった口調と表情は、いままで目にしていたオシュトルのものではなく、あの夜以来顔を会わせていないウコンのものだった。


「……お前なぁ」

「いやぁーあん時はすまなかったな、アンちゃん。せっかく仲良くなったと思ったら風呂を一緒に入るのを拒否られてな、ちーとばっかし傷ついたしムカついたんでな、誂ったんだよ!ガハハハハハハハッ!」

「……(怪しい)」

「でもまさかその結果ネェちゃんの尻尾に締められるとは思わなかったけどな」


そう言いながら、仮面を外し手櫛で髪を乱した目の前の男は、悪びれることなく隠していた正体を明かし事情説明を始めた。

薄々気付いてはいたが、まさか本当に同一人物だったとは……よくもこれだけ印象の違う二人を演じ分けられるものだと、呆れながらも自分は感心した。


「ねぇ、ウコン……じゃなくてオシュトル?」

「どっちらでも良いが、できればここ(オシュトル邸)では某のことはオシュトルと呼んでもらいたい」

「じゃあオシュトル。ちょっと確認しても良いかな?」

「何だ?クオン殿」

「ウコンは貴方の影武者なのではなくて、本当に右近衛大将っていう肩書を持っているこの國の偉いヒトなのかな?」

「そうだが……」

「なら、さっきの話を受けても良いかな。うん」

「それは、ウコンだけでは信用に足りぬということかな?クオン殿」

「うん、信用と言えば信用かな。わたくしはハクの保護者でハクの事が大切だから、何よりハクの身の安全を最優先させたいかな」

「それはどういう……」

「いまはまだ、それは言えないかな。無闇矢鱈にハクの身を危険に晒したくはないから」

「だが隠密というのは、万が一の時には某に切り捨てられることが前提の存在なのだが……もちろん、簡単に使い捨てる捨て駒のような扱いをするつもりはないが」

「わたくしが言っているのは、そういうことじゃないかな。だからオシュトルがオシュトルとして、噂通りの清廉潔白なヒトなら、わたくしとしては何も問題はないかな」

「……自分で自分のことを清廉潔白というのもどうかと思うが、某は不正や曲がったことは好まぬ。常に國のため、民のためを思って行動しておる。まぁ、時として泥水を呑む事も必要だとは思ってはいるが」

「うん。ならひとまずは安心できるかな」

「クオン殿が何を杞憂しているのかは分からぬが、まず安心して某を信用してもらって問題ないと思う」

「ウフフフフフッ。それじゃあこれからよろしくかな、オシュトル」


確かに普通に考えれば、右近衛大将なんて肩書がある奴が、人攫いに加担したり捕まえたヒトと見世物小屋に売ったりなんてことはしないだろう。
そしてまた、そういう問題に巻き込まれた時助けてくれなくとも、職業柄その手の情報は得やすいだろう。

だからある意味、帝都に滞在中、右近衛大将であるオシュトルと繋がりができるのは、自分の立場からすればかなり喜ばしいと言える。

だがな、クオン。いくら自分に決定権が無いとはいえ、自分に何の相談もなく、勝手に自分の仕事を決めないで欲しい。自分にだって、多少の選ぶ権利くらいは欲しい。てか選びたい。


(あーあ……右近衛大将の隠密だなんて、下手な肉体労働よりも大変なんじゃないのか?嫌だなー……)


物言いたげに、げんなりとした気持ちを隠しもせずにクオンを見やれば、ニコニコと笑顔を浮かべて、既にオシュトルと細かい契約の内容についてあれこれ条件の摺り合わせをし始めていた。


 
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