うたわれるもの

□タイトル未定
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そして翌日。オシュトルから渡された、結構な額の支度金を全額注ぎ込んで、クオンは白楼閣に長期滞在の部屋を取った。

ネコネは、白楼閣は確かに宿泊費が高いが、その分機密性に優れていて、利用者も予めそれなりに篩にかけられているので、隠密として活動にするならとても良い拠点だとクオンの行動を褒め称えていた。が、絶対クオンはそこまで考えていないと思う。

だってクオンは風呂好きだ。物凄く。
しかも蒸し風呂よりも、普通にお湯に浸かれる風呂の方が好みだ(自分もだが)。

だから帝都では、蒸し風呂が主流でお湯に浸かれる風呂がある旅籠屋は少ないと聞き、迷わず温泉入り放題の白楼閣に居を構えることにしたのだ。

なんせ金の出処は他人の懐だ。自分の懐は傷まない。

支度金だけで泊まれる日数がいかほどか分からないが、少なくともその間だけは我慢して働くかと、遠い目をしながら自分は空を仰いだ。

面倒を見てもらえるのは助かる。自分であれこれしなくて良いから楽だ。責任も無いのだから。

だが、それと引き換えに、選択権が全く無いのもそれはそれで辛い。しんどい。いまはまだ良いが、ずっとこのままだと息が詰まりそうだ。

だからクオンの出会い云々を抜きにして考えても、やっぱりなるべく早く一人立ちをすべきだろうなと、しみじみと思った。


隠密になったからといって、すぐに何か仕事が与えられることはなかった。
それはまだ、隠密として動ける人数がかなりの少数であったことと、こなせる仕事の難易度の見極めが曖昧だったからだ。

なのでオシュトルから仕事の依頼がくるまでは、クオンは薬師として薬草集めや作り置きの利く薬の生成などをする事になった。オシュトルは、隠密の仕事とは別に、クオンの薬を買い上げてくれるらしいので。

そして自分は――……。
オシュトル邸の一室で、大量の巻物や書籍に埋もれながら、絶賛読み書きの勉強を強いられていた。

ここならばらば、勉強の資料に事欠かない上に、オシュトルの小姓をしているネコネも自分の様子を確認しやすいかららしい。


「接客やら荷運びやらをやらされるよりは楽だが、これはこれで終わりが見えない作業だよなぁ……」


そんな愚痴を零していても、一度集中してしまえばその他のことは気にならない。
文机や腰を下ろしている座布団の脇に、一つ二つと山を積み上げ、次から次へと手当たり次第に無心で読み進めていれば、いつの間にやら日が傾いていて、すっかり部屋の中が薄暗くなっていた。

目が疲れてきたのかと思い擦っていると、ネコネが部屋の入口で呆れたようにこちらを睨みつけていた。


「――……貴方は馬鹿なのですか?ハクさん」

「…………ネコネ?」

「いくらここにある巻物や書籍を読むように言われたからと言って、一日中飲み食いもせずに読み続けるなんて……呆れて物が言えないのですよ」

「え?一日中って……」


言われて、ネコネの視線に促されるように視線を動かせば、部屋の入口付近に置かれたままのお茶と昼餉らしき膳が視界に入った。


「あ゛ー……飯、用意してくれてたのか。全然気が付かなったよ。悪かったな」

「しかも部屋が暗くなっても明かりも付けないなんて……はぁ」

「すまんすまん。ちょっと夢中になり過ぎてたは……アハハハ。あ、丁度良かった、ネコネが来たら聞きたい箇所があったんだけどいま良いか?」

「……それは後です。オシュトル様が、今日の成果を聞きたいので夕餉を食べていくようにと申しているのです。だからさっさと来るのです!!」


オシュトルを待たせるのは良くないからと、読み散らかした物を片付ける間もなく自分は、ネコネに引きずられるようにして、昨夜四人で夕餉を食べた部屋へと連れて行かれた。

そしてネコネから報告を受けたオシュトルにも、呆れられながら酒を勧められた。
どうやらオシュトルは、かなりの酒好きらしく、余程のことがなければ毎晩酒を呑むらしい(そのくらいしか、日々の楽しみが無いとも言う)。

とはいえ、食事を共にするネコネはまだ子供の上、普段は激務のための飲酒量は控えているらしい。

そう説明され、道中毎晩のように寝酒に付き合わされていたことを思い出した。


「――まぁ、そんな理由なので、時間が合う時は時々某の酒に付き合って貰えると嬉しい。仕事柄、親しく酒を飲み明かせる友も殆ど居ないのでな」

「はぁ。自分としては別に構わんがクオンが何ていうか……」

「ハクさんはお酒を飲むのにいちいち姉様の許可が居るのですか?そんなに駄目駄目なのですか?」

「そう言えば、寝酒に付き合って貰う時もクオン殿からいくつか条件が出されていたな」

「あぁ、クオンは少々過保護だからな。まぁ、世話になっている間は我慢するしかないだろうな」


食後、クオンに会いたいというネコネに道案内されながら白楼閣に帰ると、既にオシュトルから連絡を受けていたクオンは夕餉と風呂を済ませていた。


「それじゃあネコネ、今日は色々とありがとうな。自分は風呂に行ってくるから、部屋でクオンとゆっくりしててくれ」

「言われなくてもそうするのです」

「クスクスクス。あ、でもネコネ。帰りはどうするの?オシュトルか誰か迎えの人が来るのかなぁ?外はもう真っ暗で一人で帰るのはちょっと危ないと思うのだけど……」

「そう言えばそうだな」

「それなら心配は要らないのですよ。姉様」

「「?」」

「ここ(白楼閣)には兄様(ウコン)がずっと取っている部屋があるのです」

「そうなのか」

「じゃあ今夜はそのお部屋に泊るのね。ネコネは」

「はいなのです。というか、今日からその部屋で生活することにしたのです!!」

「はぁ?」

「どいうことなのかな?ネコネ」

「だってここ(白楼閣)なら時間を気にせず姉様に会えるし、朝ハクさんを迎えにくる手間も、夜送る手間もかからないの一石二鳥にも三鳥にもなるのですよ。ハクさんのオシュトル邸での勉強は明日も明後日も、まだまだあるのですから」


それに、『せっかく取っている部屋を使わないのも勿体無いので』というのがネコネの言い分だった。


(ほいほいヒトを雇い入れたり高級楼閣に部屋をキープしてたり……右近衛大将ってのは一体どれだけ稼ぎが良いんだよ)


一般的な給金も生活費の相場もまだ大雑把にしか分からないが、ちょっとだけ自分は他人の稼ぎや生活費が気になった。


 
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