うたわれるもの
□タイトル未定
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クオンは薬師を本業としているが、それ以外にも請け負える仕事はなんでも請け負って路銀を稼いでいるらしく、旅籠屋の女将さんを窓口に、辿りついた村でも滞在中、色々な仕事を請け負っていた。
――『働かざる者食うべからず』。
それがクオンの信条だった。
なのでクオンが請け負った仕事の中から、子供でもできる『アマムの粉挽き』という仕事を自分は押し付け――……与えられた。
アマムとは、寒冷で痩せた土地でもよく育ち収穫量も多い粟のような穀物のことで、一旦粉にしてから水を混ぜ、焼くなり蒸すなりして主食として食するらしい。
(つまり『アマム』とは、『小麦』の代用品みたいなものか……)
しかし自分はには、その穀物が入っている布袋が持ち上げられない。これは本当に子供の仕事なのだろうか?と、作業場である水車小屋の前で、軽く途方にくれてしまったのは致し方無いだろう。
「確か水車が壊れてしまったから、人力で粉にしているって言ってたよなぁ……どれ。どうせ自分には持ち上げられないのだから、水車の方を見てみるか」
何のことはなかった。
壊れたと言っても、歯車が一つ破損してしまっているだけだったので、動作に問題の無い箇所の歯車と交換してやれば、水車は直ぐに動き出した。
(なぜこの村の住人達は、こんな簡単な修理もせずに水車を放置しているのだろうか?)
クルクルと回る水車を眺めながら、ボンヤリとそんな事を考えていると、自分の方へと近づく足音が聞こえた。
「ん?水車が壊れてるって聞いたんだけど、ちゃんと動いてるじゃねーか。誰かが直したのか?アレ?でもこの村に修理ができるような職人は居なかった筈だが一体誰が……」
大きなひとり言とともに水車小屋の影から現れたのは、鮮やかな薄浅葱色の羽織を羽織った、見るかにならず者といった出で立ちの偉丈夫だった。
「ん?ヒトが居たのか。アンちゃんこんなところで何してるんだ?」
「…………いや、自分は、そこのアマムを粉にするように言われたんだが、持ち上げられなくてな、途方にくれていたところだ」
「へ?持ち上げられないって、コレが?」
「あぁ。どうやら自分は子供よりも力がないらしくてな」
「それはまた何というか……まぁ、見るからに力は無さそうだが、幾らなんでもこれが持ち上げられないってのは問題じゃないのか?」
男の反応から、クオンの言っていた事が大袈裟でもなんでもなく、自分は本当に子供よりも力が無いのだと思い知らされた。
だが、だからと言ってどうしようもない。無いものは無いのだから。
「っで、壊れてた水車はどうしたんだ?まさかアンちゃんが直したのか?」
「……あぁ。動かないよりは動いた方が良いだろう?壊れてるといっても、部品の歯車が一つ壊れていただけだったからな。部品を少し入れ替えただけで、こんなのは直したとは言わない。ただの応急処置だ」
「それにしたって凄いな。アンちゃん何者なんだ?」
「さぁ?知らん」
「知らんって……」
「自分にはいま、『記憶』が無いんでな。自分の事はサッパリだ」
「それはまた、なんと言ったら良いか……」
「別にアンタが気にする事じゃないさ。それに、記憶が無くとも特別困ってないからな」
男は顎鬚を触りながら、物珍しい物を見るような目で自分を見ていたが、自分が立ち上がろうとしたのに気付くと手を差し出してきた。
何の気なしにその手を取ると、思いのほか強い力で引っ張られ、立ち上がったものの、自分はバランスを崩してしまった。
「……悪いなって、うわぁあ!?」
「なっ!?アンちゃん軽すぎじゃないか!?ちょっと引っ張っただけでこれって……」
「お前が力加減を間違えただけだろう?」
「いやいやいやいやいやいや。俺は普通に引っ張っただけだってば」
男は自分を抱き締めるように受け止めると、やたらと肉が少ないだの軽いだのと喚きだした。
確かに骨太とは言えないかもしれないが、自分とそう背丈の変わらない男にそこまで驚かれるほど自分の体重は軽くはない筈だ。
あぁこれは誂われているなと思い、不機嫌に顔を顰めていると、自分の分の仕事を終えたクオンが自分を迎えにやって来た。
「ハクー!そろそろ旅籠屋に戻ってご飯にしな、い、かな……」
「あ、クオン」
「……(アンちゃんの連れか?)」
「……貴方、わたくしのハクに何してるのかなぁあ!?」
「クオン?」
「え!?何って……っちょ、まっ!!」
禍々しい笑顔を浮かべるクオンの背後で、白く靭やかで長いクオンの尻尾が、男を威嚇するように地面を叩いていた。
(何か怖い!つか何でクオンはこんなに怒っているんだ?)
良くも悪くも記憶に残る出会いをした男の名は『ウコン』。
浅葱色の羽織と蓬髪と顎鬚が特徴の偉丈夫で、手下と共に、荷運びの仕事をする為にクジュウリにやって来たらしい。
「へぇー、それじゃあウコンはここからヤマトの帝都って所に戻るんだな」
「あぁ、荷物を受け取ってからだけどな。だからそれまでは暇だったんだけどよぉ、その前に一仕事することになっちまったんだは」
「一仕事?」
「あぁ、『ギギリ退治』だ」
「ギギリ?」
自分が首を傾げていると、クオンがギギリに付いて説明をしてくれた。どうやら自分が最初に襲われていたあの大きな蟲のような生き物が、そのギギリらしい。
「そうか。あれはギギリという名だったのか……(そしてやっぱり蟲だったのか)」
「え!?ちょっと待つかなぁ、ハク。もしかして貴方、タタリの前にギギリにも襲われていたの!?」
「?」
「自分が遭遇した奴がギギリなら、そういう事になるな」
「!!!?」
「え?アンちゃんギギリとタタリに襲われたのに生きてたのか?そんなに非力なのに!?」
「非力は余計だ。ウコン」
自分の返答に、ウコンとクオンは揃って顔色を変え、何やら頭を抱えながら地団駄を踏んでいた。
そして話の流れでクオンが薬師だと知ったウコンは、クオンを自分達のギギリ退治に誘ってきた。薬師は一人でも多い方が助かるからと。
けれどクオンは、自分が一緒でなければその話は受けられないと言い出した。
「自分で言うのもあれだが、一緒に行ったところで足手まといにしかならないと思うぞ」
「俺もそう思うが、何でネェちゃんはアンちゃんが一緒じゃないと嫌なんだ?」
「うーん、わたくしはハクの『保護者』だから、何も分からないハクを一人で留守番させておくわけにはいかないかな。側に居ない間に何があるか分からないから、なるべくハクからは目を離したくないから」
「心配してくれるのはありがたいが、流石に留守番くらい自分にもできるぞ」
「そうだぜネェちゃん。アンちゃんだって小さな子どもじゃないんだから」
「小さな子どもよりハクは危険かな。だってハクは記憶が無いから何が危険で何が危険じゃないかの区別がつかないかな。それに、初対面のヒトに対して警戒心がなさすぎるかな」
「と言われてもなぁ……」
「まぁ、それは言えるが。だからといってギギリ退治に連れて行く方が俺は危険だと思うんだが……」
一見すると、自分を理由にウコンの申し出を断っているようにも見えるが、クオンは本気で自分の心配をしていた。
恐らくクオンは目を離している内に、自分が人攫いなどに遭わないか心配しているのだろう。そもそも自分が性別を偽っているのもそのためなので。
はてさて、ウコンが引き下がるかクオンがウコンを言い包めるか。
困ったように事の成り行きを見守っていると、『そう言えば』と、何かを思い出したかのようにクオンが話を逸らした。
「水車が壊れてるって聞いてたんだけど、何で動いてるのかな?」
「あぁ。それはこのアンちゃん、ハクが直してくれたからだぜ。ネェちゃん」
「ハクが?」
そして暫し腕を組み、考えるような仕草をしたクオンは、自分をギギリ退治に同行させる妙案を思いついた。
「確かにハクは力も無く弱いけれど、頭はかなり良い……かな。だからきっとハクを連れていけば、咄嗟の時役に立つと思うかな」
「確かに水車を直してたから、それなりに頭は良いんだろうが、こっちにも采配師がちゃんといるぜ」
「そっちの采配師がどの程度のヒトか知らないけれど、わたくしはハクの方が頭が良いと思うかな」
「その根拠は?」
「『感』、かな」
「感ってネェちゃん……」
「それにハクはわたくしが助けに行くまで、一人でギギリから逃げ延びていた。足も遅くて武器も持っていなかったのに」
「それは……」
「運が良いだけだったら、ハクは死んでいた。だからハクは、咄嗟の時機転が効くヒトなのよ!」
力説するクオンと真剣な顔で考えこむウコン。
結果自分は、ギギリ退治に同行する羽目になった。
その夜、自分とクオンは顔合わせも兼ねて、ウコン達一行と一緒に夕餉を食べる事になった。
そこで紹介された、ウコンが連れてきたという采配師は、昔の公家のような出で立ちをしていて、少々特徴的な喋り方をする男だった。
名前は『マロロ』。ウコンの個人的な友人らしく、他の者達よりも親しげに言葉を交わしていた。
(白塗りされた顔に白い耳。大袈裟なほど表情も豊かで、なんだか『犬』みたいな奴だなぁ)
そんな風に、マロロを眺めながらのほほんと夕餉を楽しんでいると、自分の前と隣でウコンとクオンが、笑顔で互いに互いを探り合いながら、仲良く大量の料理を消費していた。
「あー、もう!またハクったらそんな少食で、明日は朝から山歩きなんだから、シッカリ食べなきゃ駄目かな」
「そうだぜアンちゃん。食わなきゃ肉つかねぇーぜ」
「……いや、そう言われても、自分は普通の量しか食えないから」
「どこが普通なの?子供でももっと食べるかな」
「確かにクオンのネェちゃんはよく食う方かもしれないが、俺は比較的普通だぜ?周りの奴等を見てみろよ。皆このくらいは食ってるぞ」
「…………自分はもう腹一杯だ。悪いが残りは二人で食べてくれないか?」
「んっもーハクってはしょうがないんだから。お酒ばっかり飲んでるから食べれないんじゃないのかなぁ?」
「あんだよアンちゃん酒好きなのか?そいつぁー気が合うなぁ。俺も酒は好きだぜ。明日のギギリ退治が終わったら、心ゆくまで飲もうぜ!」
「あー……確かに酒は好きだが、酒は液体だからな。クオン。固形物よりも液体の方が経口摂取が楽なんだよ。というわけで、明日は楽しみにしているぞ、ウコン」
とはいうものの、クオンの視線が怖いから、きっとそんなには飲めないのだろうなと思いながら、夜は更けていった。