うたわれるもの
□タイトル未定
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旅籠屋に戻ると、労いの宴まで暫しの自由時間が与えられた。
ならばその前に風呂に入りたいと、クオンは背負っていた薬箱を下ろすと、中身を広げ怪我人の手当を始めた。現場では応急処置しかできなかったのだが、余程腕が良いのか、改めて治療を施さなければならない者は数える程度しかおらず、治療は直ぐに終わり、クオンはご機嫌で風呂に向かった。
その背をボンヤリと眺めながら、さて自分はどうするかと暫し思案し、やはり人目があるので風呂には入らず、桶にお湯を分けてもらい、部屋で身体を拭くことにした。
どうせまだ、蒸し風呂の入り方は教わっていないし、いまは一人になりたい気分だった。
女将さんの好意も加わり、宴にはかなりたくさんの酒と料理が並んだ。
となれば、作戦の成功と無事生きて戻れたことを喜ぶ男衆が騒がないわけがなく、ものの数分で会場はどんちゃん騒ぎになった。
美味しそうに目の前の料理を頬張るクオンを肴に、用意された酒をチビチビと飲んでいると、一通り声掛けを終えたウコンが隣に腰を下ろした。
「どうでぇ、アンちゃん飲んでるかい?」
「あぁ」
「それは良かった。質はそこまで良くないが、今夜は遠慮なく飲んでくれ。こうして無事に生きてるのはアンちゃんのおかげなんだからな」
「大袈裟だな。自分は別に何もしていないだろう?終始お前やクオンに庇われてばかりだったのだから」
「そんなことはないぜ!アンちゃんが居なかったら俺達はボロギギリに全滅させられていたかもしんねぇーんだからな」
「お前が居るんだからそれはないだろう?お前かなり強いだろう(後クオンも……)」
「まぁ、確かに俺は強いが、俺だけだったら仲間は助けられなかったさ。つーかアンちゃん飯もちゃんと食えよ?今日は特に体力使ったんだから」
「あー……自分は本当に、お前達のようには食えん。それに、クオンを見ているとそれだけで腹が膨れてくるんだ。凄い食べっぷりだからな」
「あー……確かにネェちゃんの食いっぷりは凄いな。けどそんな事言ってると、いまにポキリと折れちまうぞ?アンちゃん細いんだからさ」
そう言うとウコンは自分の肩を抱き寄せ、自分の皿に乗っていたアマムニィを無理矢理口の中に押し込んできた。
「ちょっとウコン!わたくしのハクに気安く触らないでくれるかなぁあ!?」
「あんだよネェちゃん焼いてるのかよ?アンちゃんが全然食ってないから食わせてただけだろう?」
「ハクに食べさせるのは良いけれど、肩を抱く必要はないかなぁあ!?ハクも何おとなしくしてるのかなぁあ!?」
おとなしくと言われても、筋肉質だからなのか、ウコンの腕は重い。ただ乗せられているだけでもそれなりの重量を感じる。
そんな腕に肩を抱かれ、口にアマムニィを押し込まれた状態で自分に逃げ場はない。
口をモゴモゴと動かしながら理不尽さに二人を睨みつけるが、涙目では効果らしい効果はは無かった。
自分を挟んで言い争いを続ける二人の間で、若干放置された自分は、とりあえず押し込まれたアマムニィを食べ終えると、飲みかけだった酒を一気に飲み干し席を立った。
「ハク?」
「少し、酔い醒ましに行ってくる」
「なら付いていこうか?」
「いや、ちょっと夜風に当たってくるだけだから心配はいらないよ。クオン」
「でも……」
「大丈夫、周囲には気を付けるから、気にせずクオンは食事を楽しんでいてくれ」
「…………じゃあ、何かあったら大声でわたくしを呼ぶかな。直ぐに駆けつけてあげるから」
「あぁ、分かった。何かあったらそうさせてもらうよ。ありがとう、クオン」
事情があるとはいえ、クオンは過保護だ。
まるで自分を小さな子供か何かと勘違いしているのではないかと思う程に。
それがクオンの優しさなのだろうが、その過保護さは周囲から見ればとても不自然で奇異なものに映る。逆に要らぬ興味を引きかねない。後で少し注意した方が良いだろう。
厠の近くの廊下は中庭に面していて、酒で火照った頬を撫でる夜風は少し肌寒かったが心地良かった。
「よぉ、アンちゃん」
「ウコン」
「酔の具合の方はどうだい?」
「平気だ。酔い醒ましは口実で、元々そこまで酔ってないからな」
「そうなのかい?ならちょっと付き合ってくんねぇ?」
「ん?別に構わんが……」
皆はまだ宴の真っ最中だろうに、一体自分に何用なのかと思ったが、考えるのが面倒くさかったので、そのままウコンの背に付いて歩き出した。
すると突然視界に黒い影が横切り、自分はその場にたたらを踏んだ。
「うわぁぁあ!?何だ!?突然……」
「アンちゃん!?」
自分と同じように驚いたウコンが振り返ると、自分は見知らぬ誰かと誰かに腕捕まれ、ほっぺたを突かれていた。
「見つけた」
「見つけた」
「会いたかった」
「やっと会えた」
「見つけた」
「見つけた、ご報告」
「「でもその前に……」」
自分よりも小柄な背丈の誰かと誰かは女性らしく、抑揚はないが愛らしい声が耳に届く。
「懐かしい匂い……」
「懐かしい温もり……」
頭から黒い布を被り、顔を隠している誰かと誰かは、そのままガッツリと自分の身体に抱きつき、更に拘束を強めた。
全くもって意味が分からない。
「……とりあえずウコン。見てないで助けてくれないか」
「あ、あぁ。アンちゃん大丈夫かい?つーかあんたら何なんだ!?突然現れて……」
ウコンは警戒しながら、自分に抱きついている二人組に手を伸ばし、引き剥がそうとした。
するとその時、片一方の被っていた黒い布がパサリト床に落ち、晒されたその顔を見たウコンの身体がピシリと固まった。
「え!?まさか……そんな馬鹿な!?どうしてこんな所に!?」
「ウコン?」
「「……」」
「俺は何も聞いてねぇーぞ……!?」
「知り合い、なのか?」
「このことは」
「他言無用」
何でも良いから説明をして欲しいのだが、謎の二人と知り合いらしいウコンは、酷く混乱していて役に立たない。
「もう行く」
「名残惜しいけれど……」
「「でも大丈夫。また直ぐに、会いに来る」」
そうこうしている内に、二人組は再度自分にを強く抱き締め、頬に自分の唇を押し付けると、一方的にそう宣言し消えて行った。
まるで初めから、『ここには自分達以外誰も居なかったのではないか?』と思わせる程、綺麗に何の痕跡も残さずに。
自分を知っているらしい二人組。
その二人組と知り合いらしいウコン。
さてこれを、自称『保護者』を名乗るクオンに、どうやって説明しようか……。
チラリとウコンを見やれば、未だ混乱冷めやらぬ様子で顔を強張らせていて、やっぱり役に立ちそうにない。
(よし決めた!無かった事にしよう。そうしよう)
あの二人組は、『また直ぐに、会いに来る』と言ったのだ。
だったらその時まで放置しておいても問題はないだろう。
できることならば、その前にウコンから何かしらの説明が聞けると良いのだが……。
「――……それでウコン。自分は『どこ』に付き合えば良いんだ?」
「あぁ、そうだったな。こっちだぜ、アンちゃん」
どうやらウコンも考える事を放棄したようだ。
二人組が現れる前よりも、若干疲れた顔をしつつも、何事もなかったかのように笑顔を貼り付けたウコンに案内され向かった先は、村の外れ――『墓地』だった。
数ある墓石の中で、まだ置かれてからそう時間の経過していないだろう墓石の前まで行くと、ウコンは持っていた徳利から酒を流しかけ、静かに口を開いた。
「今生の命、確かに見届けた。今はただ、安らかに眠れ。常世(コトゥアハムル)にて、再び酒をかわそうぞ」
きっとこれは、決まり文句なのだろう。死者へと向ける。
だから自分も、腰を下ろして、祈るように両手を合わせた。
自分の行動にウコンは少し驚いていたが、一緒に偲んでくれて『ありがとう』と言った。
「本当は一人で来ようと思ってたんだけどな。なーんかアンちゃんが気にしてる風だったからさ、誘ってみたんだ」
「そうなのか。わざわざすまなかったな」
「気は晴れたかい?」
「少しだけどな」
「そうかい。なら良かった。なぁアンちゃん」
「んー?」
「アンちゃん達はこの後どうするんだい?元々ここの住人じゃねぇーんだろう?」
「そうだなぁ……取り敢えずクオン次第かなぁ。自分は記憶がなくてクオンに拾われた身だからな」
「そういやそんな事いってたな」
「だからそーゆー話はクオンとしてくれると助かる」
「うんじゃ旅籠屋に戻ったらネェちゃんに話し掛けてみるか。ネェちゃんはなかなか優秀な薬師だからな、帰りの道中も同行願えれば何かと助かるんでな」
「確かにクオンのクスリは良く効くな。自分は拾われてから世話になりっぱなしだ」
時折、ウコンから探るよな視線を感じたが、それも仕方がないことだろうなと流しながら、自分達は当たり障りのない会話をしながら旅籠屋へと戻った。
戻った時には思ったよりも時間が経過していて、宴はとっくにお開きになっていて、いつまで経っても戻ってこない自分達に、クオンがかなりお冠だった。
「一体何時間わたくしのハクを連れ回せば気がすむのかなぁ!?ウコンは」
「いやぁ、悪い悪い。ちょっとのつもりがちーとばっかし時間がかかっちまってな」
「ハクは身体が弱いんだから、夜風で風邪でも引いたらどうしてくれるのかなぁあ!?貴方どうやって責任を取るつもりなのかなぁあ!?貴方になんて責任を取ってもらいたくもないけれど」
「幾らなんでもアンちゃんだって男なんだから、そこまで身体が弱くないだろうよ。ネェちゃんは過保護だなぁ〜」
ウコンが何とか笑って誤魔化そうとしていると、タイミング悪く自分はクシャミをしてしまった。
そのため自分は当事者でありながら、クオンに強制退場を言い渡され、一人部屋に戻された。
『ウコン、すまない』
その後ウコンは延々とクオンに説教という名の暴言を吐かれ、なかなか今後の打診をする事ができなかったらしい。
が、報酬金額の上乗せをする事で、クオンの首を縦に振らせたらしい。