うたわれるもの
□タイトル未定
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近々帝都では、皇女様の生誕祭があるらしい。
そのため、国内の有力貴族や属国から、献上品が次々に届けられていて、いま帝都はお祭り騒ぎになっているらしい。
クジュウリ國の末姫であるルルティエも、皇(オゥルォ)である父親の名代として、その献上品を帝都へと運ぶ役目を負っているらしい。
「――……で、それを護衛するのがウコン達の本来請け負っていた仕事ってわけか」
「そういうこったぁ、アンちゃん。何せ皇女殿下への献上品だ。誰の目から見ても高価で金になる。盗賊達からしたら、分かりやすい獲物だからな、通常よりも狙われる率が高くなるんでな」
「けどそーゆー物は、出処がハッキリしている分、奪ったところで金に変え難いんじゃないのか?」
「確かにそうなんだけどな、裏ルートつーのはどこにでもあるし、奴等としても一度に換金する必要もないからな」
「それもそうだな」
道中の暇つぶしがてらウコンの説明を聞いていると、自分に構って欲しいのか、ココポがやたらと髪を食べたり巨体を擦り付けたりしてくるので歩きにくかったが、それもそれで楽しかった。
朝に旅籠屋を出て、ほぼ休みなしに歩き続けているので、身体は疲れたし足も痛い。が、尽きることのないウコンの話を聞いていると、大分気が紛れた。
自分だけでなく、クオンも帝都に付いては詳しくなかったので、自然とウコンの話す内容は帝都のことに限られた。
『どこそこの店の何々が美味い』
『いやいやあっちの店の何々も美味い』
『名物の何々は絶対食べなきゃ損だ』
『帝都は食べ物だけじゃない。どこそこからの眺めは最高だ』
そんなウコンの話に、自分と一緒に話を聞いていたクオンは、ココポの背で目を輝かせ、身を乗り出しては興味津々に尻尾を揺らしていた。
するとそれをクオンの横で見てたルルティエが、それならば是非、自分もお勧めの場所があるから案内したいと言い出し、献上品を無事届けた後、一緒に帝都観光をする事になった。
やがて見通しの悪い山道の中に、部分的に開けた分かれ道が見えてくると、そこには道を塞ぐように荷車が止まっていて、隣には、外套代わりの布を頭からすっぽりと被った人影が立っていた。
その人影は自分達が近づくのを待ってから、溝に車が嵌って動けないので助けて欲しいと頼んできた。
頭を下げる際に晒された顔は女で、気が強いのかそれ程困っているようには見えなかった。
しかしいつヒトが通ると知れない山の中。
難儀している女を前に、一つ返事でそれを了承したウコンは、仲間達に手を貸してやるように指示を出す。
数人の男衆で荷車を押してやれば、ものの数分で問題は解決した。
すると助けを請うていた女が笑い出し、周囲の茂みから姿を現す荒くれども。
『あぁこれが話してた盗賊か』と、驚く間もなく自分達は縛り上げられ、護衛していたルルティエの献上品を奪われた。
「――なぁ、ウコン」
「なんでぇ、アンちゃん」
「お前の仕事はルルティエの護衛だけじゃなくて、盗賊の捕縛も含まれてたんだな」
「ん?バレちまったか?」
「そりゃあそうだろう。お前達の腕はギギリ退治で嫌というほど見せられている。こんなに簡単に荷を奪われるわけがないだろう?」
「まぁな」
「それにあの女と荷車も不自然すぎだ。盗賊が出ると噂になっている山道に、女が一人で荷車を引いているなんて、罠以外にないだろう」
見たまんまの推測をそのまま口にすれば、ウコンの口が嬉しそうにニンマリと弧を描いた。
「ボーっとしているようでアンちゃんは周囲をよく見てるなぁ。うんまぁ、そういうわけなんで、ちょっくら悪者退治に行ってくるから、アンちゃんはネェちゃんやルルティエ様と一緒にここで待っててくんねぇか」
――ブチリッ……!!
身体を拘束していた縄を、力技で千切って抜けだしたウコンは、そう言いながら素早く自分達の縄も解いてくれた。
「なぁに心配はいらねぇ。直ぐに戻ってくるし、念のためマロロを置いていくから」
「……別にお前の心配はしていないさ。お前は強いからな(そうかマロロは戦力外通知で留守番なのか)」
ルルティエが残るということは、必然的にココポも残る。
その場待機を言い渡された四人と一羽は、無事だった自身の持ち物の中から取り出した、クオンお手製の弁当を食べながら、まったりとウコン達が戻ってくるのを待つことにした。
「のどかだなぁ〜……」
弁当のアマムニィ片手に談笑をしているルルティエとクオン。
その横で、なぜか自分の取り合いをしているマロロとココポ。
まったりとした空気が流れる中、思わずそのまま横になって昼寝がしたくなった。
が、流石にそれは捕物に行っているウコン達に悪いので自重することにした。
しかしそんなのどかな時間は長くは続かなかった。
――……ガガガガガガ、ガコン。
急に聞こえてきた、何か固くて重い物を無理矢理動かしたような音は、腰掛けるのに丁度良かった路肩の大岩が動いた音で、見るとそこには、盗賊の頭が部下数名と共に立っていた。
『はて?なんでこんな所に彼等が居るのだろうか?』
心の中でそう呟いたのは、きっとクオン達も同じで、次いで思ったのは、『あ、ウコン達が取り逃がしたのか』だった。
ウコン達もまさか盗賊達が、一度襲った場所に逃げてくるとは思っていなかったのだろう。
実質自分達の戦力は、クオン一人だけだった。
そして色々と計画が失敗し、ムシャクシャしていて自棄になっていた頭は、自分達を襲った時から、見た目の良いクオンとルルティエに目を付けていた。
故に始めから、自分とマロロは軽くあしらわれ、蚊帳の外だった。
しかしだからと言って、そのまま蚊帳の外で事の成り行きを見ているわけにもいかない。
ルルティエはお姫様だし、いくら強くてもクオンは女の子なのだから、子供以下の力しかなかろうが、見た目男の自分が二人を守らねば――……否、時間を稼がねばならない。
目の前のこいつ等を取り逃がした事は、きっとウコンだって気が付いている。そして追ってくるはずだ。
だからなんとかそれまで時間を稼ぎ、相手の気を二人から逸し続けることができればとそう思い、自分は咄嗟に二人を背に庇い、頭の前に立ち塞がった。
「や、止めろ!二人に手を出すな!!」
「ハク!?」
「ハク様!?」
「ハ、ハク殿!?」
「っは、そんな細っこい身体で何ができるってんだよ。そっちの白い顔の奴と一緒に、黙って俺達のお楽しみを見てな」
焦ったように自分を呼ぶ声が、下卑た男の笑い声にかき消される。
こういう輩は、頭がそんなに良くなくて行動が単純だから、扱いが簡単だ。二・三発は殴られるのは覚悟しなければいけないが、ルルティエとクオンに手を出されるよりはずっと良い。
若干足が竦んで腰が引けてしまっていたが、それは仕方がないだろう。助けが来ると確信していても、盗賊が怖くないわけじゃないのだから。
怯えながらものらりくらりと会話を続ける自分に、次第に頭は苛立ちを募らせ語尾が荒くなって行く。時間稼ぎもこの辺りが限界かと心の中で溜息を吐いた時、『ビチャリ』と頬を濡らす生臭く生暖かい液体。
唾を吐き掛けられたのだと自覚し、不快に眉を寄せていると、自分の背後のそのまた背後――クオンとルルティエの背後から、突然戦闘モードになったココポが叫び声を上げながら飛び出してきた。
そして、一瞬の内に頭とその手下達を伸してしまった。巨鳥とはいえたった一羽で。
盗賊達を伸しても怒りが治まらないココポと、ココポの怒りを鎮めようと一生懸命声をかけ続けるルルティエをポカーンと眺めていると、自分達へと近付く複数の足音が聞こえた。
足音は、わざわざ帝都から盗賊達を捕らえにきた兵士達の物で、その兵士達を引き連れていたのは――不思議な仮面で目元を隠した優男。
優男の名は、『オシュトル』。
『ヤマト』の右近衛大将を務める武人らしい。
突然現れたオシュトルは、名乗りを上げ、ウコンの取り逃がした盗賊の残りを捕縛すると、さっさとウマを翻して去っていってしまったのだが……。
その後ルルティエが、オシュトルは文武両道で清廉潔白。民からの信頼も篤く、仮面越しでも分かる整った顔立ちから、特に女性からの人気が高いのだと、興奮気味に教えてくれた。
「オシュトル、ねぇ……」
ルルティエの説明という名の熱弁は、ウコン達が戻ってきてからも暫く続き、その内容と饒舌っぷりにウコンが引いていた。
自分はなぜか、オシュトルの付けていた仮面が気になっていて、意識がそちらに向いていたためルルティエの話は殆ど聞いていなかったのだが、何でも帝都には、オシュトルを題材とした読み物があるらしく、ルルティエはその読み物の大ファンらしい。
「ん?アンちゃんどうしたんでぇボーッとして」
「あぁ、ウコン。別にたいしたことじゃないんだがな、オシュトルとか言う奴が付けていた仮面の事が少し気になってな……」
「オシュトル様の仮面?あぁあれはオシュトル様が右近衛大将に任命された時、その肩書と一緒に帝より賜った名誉あるもので、『天外の力』が宿っているらしい」
「天外の力……」
「その力によって『ヤマト』は、大昔から他国の侵略を許さず國の平和と安寧を維持しているんだ。で、帝より仮面を賜っている者はオシュトル様の他にも三人いて、それぞれ異なった力が使えるらしい」
「ということは、仮面は全部で四つあるんだな」
「あぁそうだが、それがどうかしたのかい?」
「自分でも良く分からん。ただ、どこかで見たような気がしてな」
「うーん、ってことは、アンちゃんはヤマトの出なのかねぇ?」
「さぁな。それは思い出してみなければ分からん」
「それもそうだな」
「そう言えば、結局オシュトルが出てくるならお前は必要無かったんじゃないのか?」
「あー、ほら、俺は一応ルルティエ様の護衛が本命だからさっ!盗賊退治はおまけみたいなもんだったし……」
「ふーん。別に良いけどな。そーゆー事にしといてやるよ。何か面倒臭そうだから」
「面倒臭そうってアンちゃん……」
探るようなウコンからの視線が気不味くて、わざと話を逸らすとウコンの顔色が微かに変わった。
なので深くは追求せず、適当に話を切り上げ会話を終わりにしてやると、苦笑いを浮かべながらもどこかホッとしたような顔をしていた。
(っま、他人には言えない『事情』があるんだろうな)
捕らえた盗賊達を連れ、さっさと立ち去ったオシュトル達とは違い、献上品という荷物を運んでいる自分達の進む速度は大分遅いようで、目的地である帝都までは後数日はかかるらしい。
そんなわけで、夜は適当な場所で野営をすることになった。