うたわれるもの

□タイトル未定
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ネコネは昨夜、クオンと『遺跡』という共通の趣味の話で昨夜異様なほど盛り上がり、そのまま勢いで義理の姉妹のち契りを結んだらしい。
なのでそれ以降、ずっとクオンのことを『姉様』と呼んで慕い懐いている。

そんなクオンが、ネコネの大好きな兄様(ウコン)のことを尻尾で締め上げていたのは、クオンに保護されている自分が何かやらかしたせいだと思い込んでいるので(間違ってるけど間違ってない)、自分はすっかりネコネに嫌われていた。


(それにしても、『遺跡』ねぇ……ようはロストテクノロジーって奴のことだよなぁ?)


なんでもこの世界はその昔、『大いなる父(オンヴィタイカヤン)』という種族が支配していて、現在居る『ヒト』を想像したのだとか。で、その大いなる父(オンヴィタイカヤン)の時代にあったとされる現在は失われし技術(?)と歴史が詰まっているのが『遺跡』と呼ばれる過去の建造物らしい。

ただし遺跡にはいまだ謎が多く、調査はあまり進んでおらず、ほとんど何も解明されていないらしい。

なぜ二人がそんなものに興味を持っているかといえば、ただたんに好奇心が人一倍旺盛だからだろう。

クオンはネコネが自分に懐いていることを逆手に取って、ウコンのことをあれこれ聞き出している。
旅の間にそれなりに打ち解け緩めた警戒心が、昨夜の騒動でこちらもぶり返してしまったようだ。

気持ちは分かるが、自分が姐さまと呼んで懐いている相手に、大好きな兄様(ウコン)のことをあれこ聞かれ、嬉しそうに答えてているネコネは無駄に上機嫌で、絶対勘違いを起こしていると思う。

確かに今後、ウコンの為人を知ったクオンが、ネコネの勘違い通りの感情をウコンに持つ可能性もゼロではない。ゼロではないが……現時点では、かなり難しそうに思う。ネコネには悪いが。

まだ出会って日は浅いが、ウコンは良い奴だと思う。
面倒見は良いし気配り上手。癖のありそうな男衆をまとめているのだから、人望もそれなりにあるのだろう。
羽振りの良さは金の出処が不明なので少し不安は感じるが、金策に困っている風ではない。
仕草の所々に見え隠れする、丁寧な所作の美しさは育ちの良さを感じさせる。

容姿も豪快に笑う顔は髭面だが結構整っていて、朝焼けのような蘇芳色の目はとても綺麗で魅力的だ。右目の下の泣き黒子は色っぽいし、印象的な蓬髪も気取っていなくて近寄りやすいと思う。

ただ、それらが全て作られたものだとは思わないが、微かに感じる違和感から、ウコンには別の顔があるのだろうとは思っている。
が、別に自分とクオンに害がなければそれに関して触れるつもりはない。

そこまで考えて、チラリと隣を歩くクオンを見やる。

クオンの見た目は、今更どうこういう必要などない程に整っていて美しい。いまは年齢的な可愛さが強く、少々幼い印象はあるものの、後数年もすればそれはそれは美しい大人の女性になるだろう。
活発でハキハキとした物言いをするが、言葉遣いや仕草は丁寧でどこか品があるので、実は良い所のお嬢様なのかもしれない。
性格だって、見ず知らずの自分を拾い面倒を見ているくらいなので悪くない。少々強引なところはるが、正義感があり優しい。
加えて腕っ節が強くて薬師としても優秀。なのに少々頭(算術)が弱いのは愛嬌だろう。

そんな二人が並んでいる姿は、絵になる。気も合いそうだ。

いまは、『自分』という存在のせいで互いに警戒心を持っていて、腹の探り合いのような状態になってしまっているが、それがなければ二人は――……。


「ん?ハク、どうかしたのかな?ジーっとこっちを見て」

「ん?あぁ、クオンは可愛いなぁって思ってただけだから気にするな」


自分の視線に気が付き首を傾げてきたクオンに、申し訳無さが募る。

いまの自分は、クオンが居なければ、『まだ』生きてはいけない。知らないことが多過ぎて、一人ではままならない。

だけどなるべく早くクオン立ちをしなければ、せっかく良縁が巡ってきても、クオンはそれを逃してしまう。自分のせいで。


「姉様が可愛いのは見れば分かるのです。なのになんでその姉様の隣に居るのが貴方なのですか?」

「何でと言われてもなぁ……自分はクオンに拾われた身だからな、いまは他に居場所がないんだから仕方がないだろう」

「にしても、ハクさんは姉様にベッタリ過ぎて不快なのですよ!姉様の隣にはもっとカッコ良い、兄様みたいな男のヒトが似合うのです」

「まぁな。それは自分も思う」

「だったらせめて、もう少し姉様から離れて歩いて下さい!なのです」


思ったことをそのまま口にする性格なのか、ネコネの言葉は結構キツイ。自分に対してズケズケと物を言う。
変に気を使われるよりは良いが、少しばかり傷付くというか、クオンに対する接し方との差に寂しい気持ちになる。

ネコネが自分を悪く言うと、クオンが『まぁまぁ』と宥めてはくれるが、あまり効果はない。
『何だかなぁ』と思っていると、控えめにルルティエがクスクスと笑い話が逸れる。といったことを繰り返しながら歩いていると、自分達はやたらと興奮したヒトの群れに遭遇した。


「なんだぁ?何でこんなにヒトが集まってるんだ?」


不思議に思い周囲を見渡すと、しばらくすると数人の男達がウマに乗ってやってきた。
途端に上がる黄色い悲鳴に驚いていると、ネコネが得意そうに胸を張り、『オシュトル様なのです』と言った。

見ると、確かにウマに乗った男達の中に、見覚えのある人物が居て、なぜかこちらを見て微笑んでいた。


「あの『仮面』って、いつも付けてるもんなんだな……」

「当たり前なのです!あれはオシュトル様が帝から頂いた、とてもありがたいものなのです」

「あぁ。そう言えば、ウコンがそんな事言ってたな」

「良いですか?ハクさん。オシュトル様と言えばこの帝都で、いえ、ヤマトでその名を知らないヒトは居ないくらい偉くて立派な方なのですよ。それをたまたまでもこうして見かける事ができたという事は、とても運が良く――……」


ネコネの説明が、前に盗賊を捕まえるためにオシュトルが現れた時にルルティエがしてくれたものに似ていたこともあり、自分の意識は目の前のオシュトルを通り抜けて、その顔にある『仮面』へと向いていた。


(どうして、こんなにもあの『仮面』の事がきになるのだろうか……?)


オシュトルがその場に居たのはほんの数分で、その姿が無くなると自然、集まっていたヒトの群れも無くなり、気が付けば、他とは違わぬ帝都の光景が再開していた。

帝都はとても広く、とても一日では回り切ることなどできなくて、翌日も帝都観光をする事になったのだが、その前に自分が文字が読めないという事実が発覚した。


「信じられないのです!?何でハクさんは文字が読めないのですか!?」


信じられないと憤慨するネコネに、クオンが自分が記憶喪失であることを告げたが、それにしても酷いと言われ、強制的に文字の読み書きをさせられる事になった。


「まぁ、確かに文字が読めないのは不便だから、勉強するのは良いことかな」


そんなわけで、善は急げと言わんばかりに、ネコネが自前の教材やらなんやらを白楼閣の部屋に運び込んできて、目の前に山と積まれたそれらを、ゲンナリした気持ちで自分は見つめていた。


「今日中にある程度読み書きができるようにならなければ、明日ハクさんはお留守番です!!」

「そんな無茶苦茶なぁ……」

「つべこべ言わず勉強するですぅ!」

「はいはいはい」


しかし嫌々始めた文字の勉強は、思っていたよりも簡単で、読むだけなら一晩で何とかなった。
問題は、どうにもこうにも書き慣れていない感が強い文字の形で、書取にはいましばらく時間がかかりそうだった。


「なななななな……!?貴方ふざけてるですかぁ!?」


だがしかし、それがネコネの高いプライドを刺激してしまったようで、読めるようになったのにまた怒られた。理不尽だ。


「これで、明日は邪魔なハクさん抜きで姉様と帝都観光ができると思ったのにぃ……」


ポロリと零れたネコネの願望に、苦笑いをしつつ、ならばとルルティエに頼んで、午後は自分と別行動をしてもらうことにした。


「悪いな、ルルティエ」

「いいえ、そんなことはありません。もともとわたしの行きたかったお店は、帝都観光にはあまり向かない類のものでしたから……」

「そうなのか?どんな店なんだ?」

「えっと、そのぉ……趣味の書物を多く扱っているお店で……クオン様やネコネ様と行くのは少し、憚れたもので……」


ルルティエには、帝都に来たら是非行きたい店があったそうなのだが、昨日はクオンとネコネの手前恥ずかしくてその店に行けなかったらしい。
だからと言って、自分を連れて行くのに抵抗が無いかと言えそうでもないらしい。


「うーん。よく分からんが、なら自分は店の中に入らず外で待っていた方が良さそうだな」

「いえ、それは申し訳が……あ、でもお店の中は……どうしましょう!?クオン様に、ハク様から目を離さないよう言われていますし」

「クオンは少し過保護だからな。別にルルティエが買い物をしている間、店の外で待つくらいなら平気だろう。それともるるティエの買い物はそんなに時間がかかるのか?」

「いえ、時間はそんなには。買う物は決まっていますから」

「なら、自分は店の前でおとなしくしているから、気にするな」

「そうですか?本当にすみません。あ、ありがとうございます」


ルルティエの自分に対する反応は、ネコネとは正反対で少しこそばゆい。何だか話していて自分まで少し照れてしまう。

女性客の多い通りで、男装中の自分は中々目立ったが、中身まで男ではないのでそこまで気不味くはなかった。
だから店の外で待っていても、然程気にはならなかった。

ルルティエが店に入って数分。
店の前の街路樹に寄りかかりながらルルティエを待っていると、自分と同じように、この通りでは少ない男性が一人通りかかった。


「おや?珍しいですね。この通りにわたし以外の男性の姿があるのは」


長い髪をポニーテールにした、見るからに優男といった雰囲気のその男は、そう言いながら自分の前で足を止め、興味ありげに話しかけてきた。


「いや、自分は知り合いの買い物についてきただけで、直接この通りに用はないのだが……そんなにここは男性客が来ないのか?」

「えぇ、そうですね。主にこの通りで売られている物は女性の方が好む趣向品なので」

「そうなのか」

「わたしは仕事柄この通りに用があるのでよく足を運ぶのですが……そうだ、よければ『コレ』を」

「?」

「わたしの描いた読み物なんですけど、これでも結構人気があるんですよ?」

「良いのか?見ず知らずの自分何かが貰ってしまっても」

「えぇ、これも何かの『ご縁』ですから」


優しげに微笑む優男に悪意は感じなかった。
だから、流されるままに差し出された薄い包を受け取った。
それに、中身は男が描いた書物らしいので、文字の勉強にもなるだろうと思ったので。

そんな軽い気持ちで受け取ったそれが、ルルティエが喉から手が出るほど欲しがる書物だとは、この時は思いもしなかった。


「ラウラウ先生!!」


そのまま当たり障りの無い世間話をしていると、買い物を終えたルルティエが店から出てきて、自分と話している男を見るなり叫び声を上げた。

どうやら自分に話しかけてきた優男は、かなりの有名人だったらしい。


「おや?お嬢さんはわたしの作品の愛読者の方ですか?」

「はいぃ!先生の作品はどれもこれも素敵なお話で、大好きですぅ!!」

「それはありがとうございます。そうだ、よければ『コレ』を貴方にも……これから店頭に並ぶ予定の新作なのですが……」


そう言って、優男改ラウラウ先生はルルティエにも自分に渡しのと同じ薄い包を手渡した。
それを受け取ったルルティエは、顔をこれでもかと赤く染め上げて、かなりの興奮状態だった。


「良かったな、ルルティエ」

「はいぃぃ!ハク様」


大きな尻尾をブンブンと振り回すルルティエが、返事をしながら自分の名を呼ぶと、ラウラウ先生は丸メガネの奥で目を軽く見開いた。


「ハク、というお名前なのですか?」

「あぁ。そう言えば名乗ってなかったな。すまない」

「いえ、それは良いのですが……そうですか……『ハク』さんと言うのですね」

「?」

「そのお名前は『何方』が?」

「あー……実は自分は記憶喪失で、自分を拾って保護してくれた奴が名無しじゃ不便だからと付けてくれた名なんだ」

「『記憶喪失』……」


敢えて話すことでもなかったので話さなかったが、会話の流れでそう伝えると、ラウラウ先生が酷く悲しげな顔をしたので慌てた。


「あー、なんだ?確かに記憶がなくて色々と分からなくなっているから不便ではあるが、別にそんな悲観するようなこともないから……そのぉ、気にしないでくれるとありがたい」

「何か、覚えていることはないのですか?『ご家族』の事とか……」

「それがサッパリでな。だが、幸いな事にルルティエを始め親切な奴等に出会うことができたので、なんとかなっている」

「そう、ですか。なら良かった。ではわたしはそろそろ……」

「あぁ、なんだか貰い物をしたのに変な話を聞かせてしまってすまなかったな」

「いいえ。そんなことはありません。『貴方』に会えて良かった。また、機会がありましたら……」


出会ってから一番優しげな微笑みを浮かべると、ラウラウ先生は軽く頭を下げ立ち去っていった。
すれ違い際、大きくて長い指先で、そっと自分の頬をひと撫でして。

それはまるで、やっと会えた者との別れを惜しむような、温もりの中に、喜びと切なさを含んだような触り方だった。


「何だったんだ?いまのは……」


思わず撫でられた頬に手をやり、遠ざかる後ろ姿を目で追いながら、ポツリと自分は呟いた。

ラウラウ先生の後ろ姿はすぐに道を逸れ見えなくなった。

だから自分は気付かなかった。知らなかった。

入り組んだ路地裏に身を潜め、震える身体を抱きしめ、声を漏らさぬよう口を塞ぎ、ボロボロと涙を零し咽び泣いていたことと、その意味を。


 
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