Series2
□散るまで
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この花街で一番大きな店といえば、もちろん「角海老楼に醜女あらず」と誰もが口を揃えて言うだろう。
そして"ルハン"と呼ばれる太夫がこの二万坪の頂点に君臨する。ルハンの新造であったジュンミョンは彼の元を去り、一人立ちする間際にそっと言葉を漏らした。
「お前には良い道を歩いて欲しい。俺みたいに醜さを貼り付けて生きちゃなんねぇよ、ジュンミョン。浄閑寺にだけには放り投げられねぇようにな」
絢爛豪華な何十畳もある部屋の中で彼は曇のない瞳で語りかけた。
「はい、承知しております」
「今までは俺がお前に悪い虫が付かないように見てきたんだけどよ、流石にもう新造って年じゃあねぇし、お前も一人立ちする頃だしなぁ」
煙管から浮き上がる紫煙が美しく波を描く。
窓枠から差し込む朝日は、ルハンと会い混じってより美しい。
俺は此処を出て新しく角海老楼の楼主様が経営なさる「梅屋」に置かれることとなっていた。
様々な人が言うに、新しい置屋の目玉になるに決まってる、凄いなジュンミョン出世街道まっしぐらだねぇ、ルハンの後釜はジュンミョンに決まりだ、らしい。正直自分は彼の元から離れるのが心配で堪らないのだが。
そんな事を思い出していると、彼の顔が目の前にあった。
いつの間にかあの奥の窓から、この部屋の中心に位置していた自分の所まで来たのだろうか。
「心配かい、新しい場所で一人でってのは」
余りにも美し過ぎた、どんなに金を落としても振り向きもしない太夫の顔。
「少し...」
「心配なんてこれっぽっちもいらねぇ、なんたって俺の新造だからな」
一体どこから湧いてくるのであろうか、その自信は。
「は、はい」
「それに、お前は太夫になる器さ」
ルハンの醜さを貼り付けて生きるという意味が何なのか、それは後後知る事になる。
「亡八のカイ、探してきてくれ」
ジュンミョンの去ったあの時と同じ場所から、遂にその一言は発せられた。
ルハンの一声は鶴をも超える一声である。
「なんだい、ジュンミョンは俺とおんなじ香りがすると思ってたから目を光らせてやってたのによぉ」
月光の差し込む、大きく型どられた窓枠に腰をかける。着物の裾が擦れ落ちる。
「そうなの?」
「おい、敬語使いなぁタオ」
「ですか?」
美しい顔をした小さな少年は足元で純粋無垢に尋ねる。禿こその距離感であるとルハンは思っている。
禿にきつく当たる奴もいるらしいが、俺は禿は自分に子どもがいたらと考えながら、育てるように側に置くようにしている。
まるでいつの日かのジュンミョンのように。
「禿のお前にゃ分かんねぇさ、まだ
な」
目を細めて月を見つめたが、あるのは雲に隠れて放たれる薄暗い輝きのみであった。
「それに、カイはどうやらあいつに似てると来た」
紫煙は何処まで向かうのだろうか。
下に見える騒がしく欲望の渦巻く場所まで行くのだろうか。
「お前は、どう思うかい、手塩にかけ自分のようになるまいと育てた子をさぁ、取られちまったよ。昔の俺みたいだねぇ。俺、今更あの太夫様のお気持ちがわかるようになったよ」
何処まででも向かうのであろうか。
あの人まで、届くのであろうか。
「なぁ、シウミン」