Series2
□逢うまで
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ずっと、鳥籠の中で生きてきた。
その鳥籠は彼にとって決して狭かったわけではなく、彼は今自分が置かれている状況にあまつさえ満足していた。
「俺が、お前を此処から出してやる」
あの人に逢うまでは。
「ヒチョルさん」
「ヒチョリヒョンって呼べって言ったろールハニや」
天下の傾城、角海老楼の太夫が本当にこの方なのだろうか。俺が禿の頃から疑ってきたぐらい、この方は一癖も二癖もある。
顔こそ女性のようの美しいが、酒癖は悪いし、男癖も悪い、さらにお客様に対する態度も悪いときた。歌だって踊りだって決して下手ではないのに、本人のやる気が無いと来たら、もうお手上げである。
「新しい新造ちゃんが来るんだから、ルハンももっと嬉しそうな顔しなぁ。仲間ができるんだよ、嬉しくないわけないでしょ」
腰に手を当てて、如何にも俺の心が全て分かっているという前提である。なぜこうも自信満々の笑みを浮かべているんだろうか。
「ちなみに新しい子、俺のタイプなんだよねぇ」
本気で言っているのか、この方は。
「新造にまで、手を出すつもりですか」
「あのねぇ、出していいんだったらとっくの昔にルハンにだって手出してるんだけどさぁ」
「結構です」
「俺まだ出してないよね、ルハン」
「新しい方、どんな方ですか」
「話逸らしたよね、うん」
正直新しい新造が気にならないわけではなかった。
新しく新造が来ることになった理由は、今まで二人体制でお務めしていたのだが、自身の片割れがこの度めでたく一人立ちしたからである。禿の頃から一緒にやってきた仲であったので、いざいなくなってみるとなかなかに寂しいものであった。
「レイ」
たおやかな微笑みと、あの物怖じしない肝の座った性格。この仕事に持ってこいであった。
「また会いに来るよ、ルハニヒョン」
「絶対だぞ、身体だけは壊さないようにな」
「はいはい」
レイは、身体の弱い子だった。レイが体調を崩しては廊内を小さな足で駆け回って、息を切らしながら花街の医者であるイトゥク先生を探したものだった。今でこそそれなりに強いかもしれないが、煙草には手を出すなと念を押しておいた。
怒られる時も、お務めをする時も、泣く時も、いつだって一緒だった。努力を欠かさない子で、自分より年下ではあったが同時に禿になったので戦友のようであった。
「レイがいなくて寂しいだろう、新しく新造を迎えることにしたからなぁ。まあ、二人いなきゃ花魁道中で困るのは俺なんだけどよ」
そんな俺の杞憂を晴らすかのように、今回の話が舞い降りて来た。
この方はやはりこの花街一の太夫であり、生半可な奴では此処には来られない。相当彼に気に入られる事などが無ければ、禿を別の所で過ごして新造はこちらで、なんて事は普通起こり得ない。
意外と、本当に彼のタイプだったりして。
「失礼致します」
トントンと襖の音が響いた。一体どんな男なのかこの目で確かめてやろうではないか。
「はい、どうぞ」
きっと彼の趣味であろう、明るい色の花の模様で埋め尽くされた襖が小さく開いた。
「ベッキョンと、申します。不束者ではございますが、どうぞよろしくお願い致します」
随分と細い身体がそこにあった。着物にすっぽりと包まれてはいたが、チラリと見えた足首が鳥のように細かった。
一体どんな生活したらそんなふうになるのかと、思わずギョッとした。手首も折れそうに細く、首だってその気になればバキッと音が鳴ってカカシのようになりそうである。
「面を上げなよ」
大輪の椿が咲き誇る真っ赤な着物をまとったヒチョルさんが近づいて行ったが、彼は頭を上げず、震えているようであった。
歩く度に、畳の擦れる音と共に椿の香りが漂うようであった。
震えているであろう細すぎた彼の肩をほんの少しだけ手で触れながら、
「待ってたよ、ベッキョン」
こう言った。
3月の、暖かく日光が揺らめくかの日のこと。
新造に新しくベッキョンが加わった。