Series2

□逢うまで
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「まぁ二人共仲良くな、でも俺今から仕事でさぁ、ルハンは今日俺に付かなくていいからベッキョンに仕事教えたって」

襖の前で未だに縮こまってる、細っこい奴。

真紅の椿の花に隠れながらこっちを見てきた。鼻も顎の線もスッと通っており、おそらく化粧がよく映える顔なのであろう。俺には適わないだろが。

「ヒョン、よろしくお願いします」

三指を揃えた綺麗なお辞儀。細い指が畳の青さに似合う。なるほど、こういう所に目をつけたわけだ。俺の花魁さんは。



「こいつ、養花楼でひでぇ折檻にあっててな、ある事ないこと押し付けられて色々やられてたから、俺が拾ったんだ。ルハン、そこんとこ頼むわ、な。仕事はまぁゆっくり教えてやれ」

俺にそう耳打ちをして、さ、仕事だ、だりーな、とか言いながら部屋を去った。

ヒチョリヒョンはこういう子に甘い。自分がそうだったからか、知らないが。

養花楼は角海老楼の隣にある、かなり大きな遊廓である。ただ、遣手も上の位の花魁もかなり悪い意味で厳しく、折檻で死んだ奴もいるらしい。
折檻がただの新米いじめになってる、良い例だ。こいつが細すぎるのも、きっとろくな食事を与えられなかったり、暴力を振るわれたりしたからだろう。そういえば、そういうのは砂上の楼閣さね、放っておけば崩れるのがオチだよ、とヒチョリヒョンは言っていたか。



「ベッキョン」

「はい」

「留袖にならなかった、それだけで俺たちは儲けもんだ、とにかくここでは覚悟持ってやるしかない。これは、どの遊廓でも同じことだ」


「いいか、まず自分の名前が書いてある札をひっくり返す」

「はい」

ざわざわと客が来はじめる時間帯で、一枚、また一枚と札を捲る者が多い。
日が落ち始める頃、札の音はカラン、カランと鳴り続ける。

「色が変わるだろ、これが仕事の始まりだと思っていい。出席確認みたいなもんだ、全部仕事が終わって上がることになったらまたひっくり返せ」

でも、前いた所でも見てるか、とは言わないでおいた。できるだけ前の場所の事を思い出すことは無いようにしようと思った。

「はい」

「ここはあんまり説明はいらないな、次行くぞ」

「はい」

花街は不夜の街。しかし、一段と輝きを放つのはこれからである。



「おい、もっと豚肉ねえのかよ」

「それ冷めるから配膳の奴は早く持ってけって」

「すまん、まだ魚間に合わねぇわ」

「とりあえずこれ先上持ってく」

大声と冷静な判断と体力が必要な調理所と配膳所。人は所狭しと波のように蠢き、食材と料理はその上をはね回っている。
何ヶ所かこの郭内を回ってきたが、ベッキョンは少しここの熱気と食欲を刺激される香りに戸惑っているらしい。

「ま、あとは、三食以外に腹が減った時にどうするかだが、料理番からかっぱらって来るのがポイントだ」

「え」

「いいか、あそこの首が長くて肩幅広い方が下っ端のジンで、白目が多くて肩幅ないやばい方が料理長のギョンスだ。とりあえずあの二人は覚えておく」

「な、なるほど」

「ギョンスは常に調理所と配膳所を動き回ってるから、いなくなったらジンになんか寄越せって言うんだ。何かしらくれる」

「ほ、ほんとですか」

「今日は俺がお前の分まで貰いに行くわ、これからは一人で行けるようになれ」

手首を掴んだとき、彼は震えていたかもしれない。ハッとした顔を向けられた。

「よっしゃ、行くぞベク」

とりあえず誤魔化しと気に触ったかもしれないという緊張で、ベクと愛称で呼んでみた。
ふとした微笑みがベッキョンに生まれた。
なんだ、やれば出来るじゃん。



「ジン」

騒々しい中に、小綺麗な格好をした二人は少し変かもしれないが、この忙しい時間帯にはそんな事気にする者など誰もいない。皆目の前の仕事をこなさなければならないし、他の相手をする暇があったらとにかく仕事を探して動くのがここの掟、だとかギョンスが昔鼻を高くして言っていた。

「あ、ルハニヒョン。また間食ねだりですか、ギョンスヒョンに怒られるの俺なんですよ、勝手に表の奴に太らせるような事するなって」

顔の半分を覆っている白い布を少し下ろしながら煩い中で自分の声が俺たちに聞こえるように言った。
相変わらずなんで裏の仕事をしているのかわからないくらい、汗をかなり垂らしているが整った顔だ。まぁ、ギョンスが引っ張ってきたらしいが。

「そんな事言うなって、お前が太ってたことか、今も夜摘み食いしてるの言ってやるかんな」

「それだけは勘弁して下さいよールハニヒョン」

「まぁ、二人分軽くでいいいからさ」

「へぇ、新しい方ですか。レイヒョンの次はこの人か。俺、ここで料理番やってます、ジンです」

「ベッキョンです、よろしく」



「はい、もう来ないで下さいね」

差し出されたのは手の平くらいの大きめの白い紙づつみ。

「でも、テヒョンの事よろしくお願いします。あいつ、まだ子どもなんで」

「分かってる。お前も仕事頑張ってな。また来るわー」

俺はそれを右手でかっぱらって、左手でベクを引っ張った。
右手左手も、微かに温かかった。
新しい風に触れさせた午後のこと。
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