短編集

□クライ
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自分の顔が整っていて可愛いということは自他ともに認める事実だし、私自身可愛いからって大抵の事は許されるけど、それだけじゃないように頑張ってきたつもりだった。
でもやっぱり私は可愛いからナンパされるし、痴漢されるし尾行される。
彼氏に頼るけどどんな人も私を持て余す。
きっと私に不便があるかもしれないからと美形の両親が私に合気道を教えたからだと思う。
なんとかなる、なんとかなるんだ。
でも、複数人で襲われたら無理だった。

多分数日前に告白を断った男性とその人の友人だと思うけど、仕事帰りの私を待ち伏せして車に乗せようとしたからなんとか振り切って走る。
邪魔になってヒールもそこら辺に放った。
いっぱい走ったからか足の裏のストッキングが破れて素足がアスファルトに当たって痛い。
後ろからはまだ足音がする。
振り返っちゃダメだ、でも怖いからか後ろを振り向くとまだいる。
もう走れない、きっと捕まってしまう。
こういうときどうすればいいんだっけ?
ダイイングメッセージ??
紙とペンはあるけどこんなところにおいてもきっと見つからない。
可愛いけど頭の才能だけはなかった私は答えなんて見つからない。
ああ、こんなときやっぱり思う。
なんで女に産まれたのかなって。
もちろん可愛く産まれて利益にしてきた部分は少なからずあった。
笑って済ませることもできた。
それでもデメリットの方が多い。
化粧をしないと女性らしくないとか言うくせに可愛くメイクするとナンパに遭って、生足やうなじが性的だから隠せと言うくせに、髪を下ろしてズボン履いても痴漢に遭う。
人がたくさんいるところは大抵一人では出歩けない。
夜道なんて歩こうもんなら危機感のない女が外に出てるんだから襲われても仕方ないとか言われて、タクシー使えと言うくせに短距離の走行は赤字だからタクシー業界は嫌がって乗せてもらえないこともあって。
どこが平和なんだろう。
相談しても『可愛いからね』と皮肉ばっかり。知ってるもん、私可愛いよ。だからなんなんだろう。可愛かったら痴漢も、こんな目にも会わなかったの?そもそも可愛いからってしていいことなの?


はあはあと上がった息を整えてもう走れないと路地裏に入って息を沈める。
ドクンドクンと鳴る心臓はずっと走っていたからなのか、見つかることへの恐怖か。
どうか聞こえませんように。

耳を澄ますと複数人の走る音とアスファルトとタイヤが摩擦する音が聞こえる。
近づく度に胸の高鳴りは大きくなって上手に息が吸えなくなる。
あれ、どうやって息を吸っていたんだっけ。
ふ、はっ、っ、とはくはくしていると、肩を掴まれた。
と同時に見つかったのだと分かってその手を振りほどこうとするとそれさえも抑えられて相手を見る。


「大丈夫ですか?追われているようですが」
「っ、ぁ、は……っ、」
「おや、大丈夫じゃなさそうですね、さあ、息をゆっくりと吐いて」


優しい顔をした多分年上の眼鏡の男性は背中に手を当てて摩ってくれるのではふはふと息を整えて静かに息を吐いた。


「……、少し待ってくださいね」
「?」


考えた顔をした彼は私から少し距離をとると携帯を取り出してどこかに電話をしはじめた。


「えぇ、家の前まで。来たら詳しく話しますよ。出来れば博士に……、はい、ありがとうございます」
「あ、あの……」


通話を終えたらしい彼はこちらに無害そうに笑ってすぐそこに家があるから来ないかと言った。
もちろん怖いから首を振ると彼は笑顔を作って自分の家ではなく知人の博士と女子小学生が住む家だと言った。


「見たところこのまま帰る訳には行かないでしょうし」
「……、……っ」
「怖いのは分かりますが、ここで見て見ぬふりをして君が翌日のニュースに出るとなると目覚めが悪い。聞き分けてください」
「は、い……」


こちらに近づいてくるスケートボードの音を聞きながら私はその手を取ったのだった。
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