短編集

□赤井秀一と
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「赤井くん、これ美味しい!」
「そうか」

行きつけの屋台に寄ったのだが正解だったようだ。
小さい口にどんどん食べ物が入っていくのを見るのは癒される。

「ねぇねぇ、赤井くん、コーヒーだけでいいの?」
「あぁ」

どこからどう見ても恋人同士に見えるだろうにさっきから男の視線が優稀に集まっているのが分かる。
おまけに話している言葉が日本語なのも関係しているだろう。

「……優稀、ホテルキャンセルしろ」
「え?当日キャンセルなんて出来ないわよ。100%キャンセル料かかるし」
「じゃあ俺がそっちにいく」
「だめよ、シングルだもの」
「お前が俺の上で寝ればいい」
「えっ…!?やだやだ、重いもん」
「気にしない」
「私はするわ。いいじゃないバラバラでも。ヤリたいだけならどこか休憩所入ればいいでしょう?」

その言葉に眉間にシワがよるのが分かった。

「お前、俺がそれだけで側にいたいと言っていると思うのか」
「……違うけど…、怒らないで赤井くん」
「それもだ。付き合って何年になる?いつまでファミリーネームで呼ぶつもりだ」
「……」
「いつになったら俺に気を許す」

俺に好意を持っているのは分かる。
実感している。しかしこいつはそれを言葉にはしない。俺が幾度となく捧げても嬉しそうに笑うだけだ。
逃亡先だってもっと近い場所はいくらでもあった。
でもこいつは俺のいるアメリカに来た。
それが答えだと言われても納得しかねるぐらいこいつは俺に心をくれない。

「……気は、許してるつもりだけど」
「どこがだ」
「嫌いな人とエッチなことしないもん……赤井くんの馬鹿、もう帰る」
「だからどうしてそうなるんだ、待て」

席を立つ優稀の腕を捕まえて強めに引く。
勢い余って俺の胸に飛び込んだ優稀は俺と目を合わせないようにそっぽを向いていた。

「優稀……」
「束縛しないって言ったでしょ。だからあなたもしないで」
「もしかして他の男でも出来たか?身体を許したのか?」
「なっ、」

違うと分かっているのに止まらない。
責め立てる言葉に優稀は瞳を伏せ、唇を噛み締めた。

「…………別れようって言われたら、すぐ別れられる、そういう意味なんでしょう?だったら優しくしないで」

「……は?」
「私は……あなたのそういうところが好きなの。サバサバしてるところ」

好きと言われたが褒められている気がしない。

「あんまりベタベタするの好きじゃないからあなたぐらいの距離感が安心するのよ、お願い、怒らないで」
「……俺を曲解している」
「してないわ。何年一緒にいたと思うのよ」

近親感のある言葉を返され、言葉に詰まる。

「あなたはきっと栄光のために私を捨てる日が来るわ。だから今からそんな鎖のような言葉で雁字搦めになってはだめよ、ね?」
「……優稀、俺を信じてくれ」
「信じてるわ」
「そうじゃない」
「大丈夫、あなたはあなたの仕事をして、私は付いていくだけだから、後ろなんて見なくていいのよ」
「優稀……!!」
「怒らないで…」

少し背伸びのした彼女が俺の口の端に口付けた。ふわりと微笑まれ両頬を両手で包まれる。

「大丈夫、ここにいるわ」
「……」

ちょっと変わった恋人は俺より若いくせにどこか達観していてしかしこの笑顔を好きになったのだと思うと怒りも沈んでいった。

「ホテル、キャンセルするから安心して、ね?赤井くん」
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