短編集

□大人の階段
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気付けば。
気付けば見慣れた場所だった。
少し痛む頭で起き上がり、何故ここにいるのか考えてすぐに血の気が引いていった。
あの時……!私は昴になんてことを言って……!?
あー、もう嫌われちゃう……。やだ…。どうしよう……。


ガチャ、とドアが開く音がした。
何故か先輩の家に行ったはずの私は昴の家にいた。


「優稀さん。おはようございます。まだ朝の4時ですけどね。記憶、あります?」
「……っ、あ、ある。ごめんね、迷惑かけたみたいで。私、帰るから……」
「どうやって?」
「ど、うやってって……普通に…」
「こんな時間だ。泊まっていってください」
「……、」
「それとも恋人の家に泊まれない様な疚しいことでも?」


彼は私を責めているようだった。
社会人になって、彼氏が出来て、こうなるなんて。
電話してそのあと私は彼の元へ深夜行ったのだろうか。
さぞ酔っ払いの相手は大変だったのだろう。


「……っ、ごめ…、かえ、るから…!」
「!」


もう酒のせいにしてしまえと涙も流れ出た。
情けない姿をさんざん見せたのだから…、別れるのは時間の問題だし。


「優稀さん」


涙を拭いながらベッドを這い出ると腕を強い力で引かれ彼の胸に飛び込む形で勢いが止まった。
お酒を飲んだまま寝たならお風呂も入っていないだろうと身をよじるが彼はガッチリと抱きしめていて動ける隙間さえない。


「……、」


大人になりたい。
充分大人だと思っている。でも、そうじゃない。
冷静な、お淑やかな女性になりたかった。


「ごめ、昴…!私、わたしね…、本当はストイックなんかじゃないんだよ。昴でいっぱいになっちゃって何も考えられなかったりするの。わたしっ、昴みたいな素敵な人の側には、いられない人間なんだよ…!」


昴は素敵だ。年下なのに。
いつも私はおいてけぼりで。
崖下から昴を見上げるばかりで。それを見て昴は愛おしそうに手を伸ばすけれど、私はその手で登るんじゃなくて自分で登りたいんだよ。
努力したいのに、追いつけなくて終わりが見えなくて……、好きなのに、苦しい。


シトシト泣ければいいものをわあわあ泣いて。
力の入らない手で昴を押すけれどやっぱり拘束は取れなかった。


「知っていますよ。帰り際寂しそうな顔をするあなたを、僕は見ていますから」


ヨシヨシと私の頭を撫でる彼は優しく目尻にキスをした。
水分を吸い取るように唇が何度も啄む。


「演技していたのも気付いてました。でもあなたは悟らせまいと頑張っていたので言い出せませんでした。気丈に振舞っていても分かります。僕は優稀の恋人ですからね」
「っ、」


やっぱり。この人は私を甘やかす天才で。
また泣き出す私を抱きしめながらずっと頭と背中を撫でていた。


そのまま泣き疲れ安心したように眠る優稀に昴は緑色の瞳を覗かせて優しく微笑んだ。
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