短編集

□夫の憂鬱
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「お久しぶりでございます、風見の妻です」


着物姿で現れた彼女はその場全員の視線を釘付けにした。
誰が見ても高級だとわかる着物にうなじを見せた髪の結い方、それに劣らない美しくも可愛らしい顔立ち。グロスがいやらしげに見えるのは不埒な考えなのか。
彼女はニコリと微笑んだ。


「優稀さん」
「まあ!降谷さん、あの時以来ね。いつ見ても格好良いわ」
「ありがとうございます」
「それで私の夫は今どちらに?」
「……不躾ながらお父君にはお会いになられましたか?」
「……」
「そちらが先ですね」


少し頬を膨らました優稀に男達も股間を膨らませた。
出来上がっている女性という印象を受けるが彼女はまだ二十歳であるらしい。
こうしたありふれた少女のような態度に背徳感が芽生える。


「だってパパ、うるさいんだもん」


パ、パパーー!!??
聞き耳を立てる男達のボルテージが上がる。
そんな愛らしい言葉に少し父親が羨ましくなった。


「次長は本当に優稀さんのことを考えられているんですよ」


その言葉にジェットコースター並の急降下で熱気が止む。
そうだった。美しすぎて忘れていた。
あの人次長のご息女だった。それに風見の嫁だ。手を出すつもりは毛頭ないけれど、浅ましい男のサガを押さえつける。


「分かってるもの。だから嫌なの!もう私、嫁に行った身なのよ」
「それでも次長は可愛くて仕方が無いのでしょう。それに今外出している風見を急遽何でもなく呼び出せるのは次長ぐらいですよ」
「会ってくる」
「行ってらっしゃい」


あしらい方が上手な降谷を気にしながら二人の行方を見ているとはた、と気付いた優稀は降谷に小包を渡した。


「これ、マ……、母様から。皆さんにって」
「そんな……、頂けません」
「でも持って帰ることも出来ないわ。要らないなら捨ててくださる?」
「……、分かりました。いただきます、ありがとうございます」
「えぇ、どうぞ。……皆様もね」


少女の高飛車なウインクに見事ハートを射抜かれたおっさん達はデレデレした顔で手を振り彼女が去っていくのを見つめた。



「──言っておくが……、彼女は次長に、目に入れても痛くないほど可愛がられている愛娘で、風見の妻だ。浮ついた気持ちで行動するなよ。これ以上人手不足になったら困るからな」


ヒッ……!
低い声で話された言葉に再度身を引きしめ、精神を落ち着かせ股間の疼きを鎮めるといそいそと降谷から視線を逸らすようにパソコンに向き直った。
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