短編小説U

□曇りのち晴れ
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「ゆいぽ〜ん楽しいね〜」
「そうだね。」
「もう、もっと楽しそうにしてよ〜」
「楽しすぎて上手く表せないの。」
「え〜ほんと?」
「うん。ほんと。」



私とゆいぽんは今渋谷の街をぶらぶら満喫中。まぁ俗に言うでーとってものだと私は思ってる。
恋人だからっていつも一緒にいられるわけじゃない。私もゆいぽんも仕事があるからそこに私たちの勝手な思いを通すことはできない。だからこそ、休みの日はこうやってなるべく一緒にいるようにしてる。


っていっても今日は本当に久しぶりだった。
最近はちょうど新曲の発表もあって番組からの出演オファーがあったり、レッスンがすごい厳しかったりしてすごい忙しかったんだ。
だから今、すっごい嬉しくてワクワクウキウキしてるんだけど、ゆいぽんからはあんまり感じられないな。ちょっと残念。
ゆいぽんがそういう子だってことは私も分かってるんだけどね。





「ゆいぽん。」
「ん?」
「えへへ、呼んだだけ。」
「そうなの?」
「うん。好きー」
「もう、照れちゃうな…」
「ゆいぽーん」



特に店に入るわけでもなく、ただただゆいぽんの隣で歩いてるだけでとびっきりの幸せを感じることができる。ゆいぽんがこっち見てくれてると、より。


しばらく二人でにこにこしながら歩いてると、ゆいぽんのズボンについているポケットから電話の着信音。ゆいぽんが反応しなてないから教えてあげる。
私、昔っから耳だけはいいって褒められてたんだよ。



「もしもし。」
「…」
「あー…え?ほんと?」
「?」
「え、行く!マジありがと。…あははっ、ウケる。」
「ねぇゆいぽん。誰から?」
「え、あー織田。…ん?今ゆいちゃんと一緒だけど。」
「…」



電話の相手はオダナナらしい。周りがうるさくて電話相手の声はよく聞こえないけどゆいぽんがそう言ったからそうなんだろう。
それにしても、なんの話してるんだろ?ゆいぽんがすごく笑ってるからきっと面白いこと話してるんだろうなって予想はつくけど、目の前でこんなに楽しそうにされるとすごく気になってしまう。



「ねえねえーなんの話?」
「ちょっとね。」
「むぅー教えてよ…」
「まぁまぁ。」



だから私は聞くんだけど、こうやってはぐらかされる。







もう結構時間経ったと思う。なのにゆいぽんはまだ電話に夢中だった。
いや、もしかしたらそんなに経ってないのかもしれない。ただ私の体内時計がさっきよりも遥かに遅いだけ。でももしそうだとしたら、それは紛れもなくゆいぽんのせいだと思う。



せっかく久しぶりのデートなのに、なんか全然楽しくない。
私にじゃなく、電話の向こうにばっかり笑うゆいぽんに少し怒りが湧いてくる。
恋人より、大事なのかな。






「…」
「いやいや。そこはって、ちょっとゆいちゃん?」
「…」
「携帯返して?」
「…切っちゃうもん。」
「あっ!」
「はい、返す。」
「なにしてるの?勝手に切っちゃだめでしょ。」
「ゆいぽんが悪い。」
「なんでよ…」
「分かんないなら頑張って探せばいいじゃん。」
「分かんないから聞いてるんでしょ。」
「そうやって…」
「教えてよ。そうじゃないと怒るよ?」
「なんでよ。怒りたいのは私のほうだもん。」
「勝手に電話切られたらゆいちゃんでも怒るでしょ」
「でも!…でも、デート中に電話なんかしないし…」
「…恋人ばっかりじゃだめでしょ。」
「っ!」




恋人ばっかりじゃだめって、どういうこと?
じゃあ私だけなの?久しぶりにデートして嬉しかったのは。
デートの途中で、ほかの誰かに気が向けられるのが嫌だって思うのも、私だけ?


ひどい。ゆいぽんはもっと、優しい人だと思ってたのに。




「…ばか。」
「ゆいちゃんよりばかじゃないし。」
「ばか!ゆいぽんのばか!」
「だからなんでそんなに怒ってるの…」
「もういい!一人でいくもん!」
「…行けばいいじゃん。」
「っ、ばか!」
「知らないから。迷っても。」



それでも、引き留めてくれるって信じてたのに。
思ってもいなかった冷たい言葉に私はそのまま駆け出していった。どこもいくあてなんてないけど、ゆいぽんと一緒にはいたくなくて。
ばかってだけ言っても、なんにも変わらないって分かってるのにばかってしか出てこなかった。
だって、ゆいぽん本当にばかだし。





走って走って、適当なところのベンチに座る。
はぁって溜息をつくと白い息が出て今年も冬がくるんだなってことを思い知らされる。
それと同時に、さっきのことも思い出す。



「私じゃないもん…悪いのは…」



恋人をほっとくゆいぽんが悪いんだ。


「嫌い」そう思えたら楽なのに。
結局思ってしまうのはきっと追いかけてきてくれるって、ゆいぽんは来るってことだけで。そう思う度になんでここまで来ちゃったんだろうって後悔する。
でもきっと、今さら戻ってもゆいぽんはきっとそこにはいない。時間、経ったし。




たくさんの人が歩き回っている。そりゃあ都会だしそうだろうけど、仲睦まじそうに歩いている恋人を見ると、私たちも喧嘩なんてしなければこうなってたのにって思って、切なくなる。







「ゆいぽん…」





ゆいぽんの、ばか。










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