短編小説U

□パターン
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ホテルの部屋の椅子で一人本を読む。
そして、ゆいちゃんがくるのを待っている。
ホテルは同じだけどゆいちゃんには私より一つ多く雑誌での取材が入ってた。ゆいちゃんには先に寝ててもいいよって言われたけど、それはできない。
ゆいちゃんの顔をしっかり見てから寝たいしね。


ゆいちゃんとはよく同室になるし、恋人になったことで気付いたことがある。
それは、ゆいちゃんが部屋に来たときの反応で分かることなんだけど。
部屋に来るとき、ゆいちゃんの行動は大概二パターンあるんだ。
一つ目。部屋に入ってきた瞬間「ゆいぽーん!」って勢いよく私に抱き着き、すごいテンションが高いとき。このときは深夜まで付き合わされるから結構きつかったりする。まぁ、いちゃいちゃできるのはいいことなんだけど、限度ってものがあると思うのよ。
二つ目。一つ目とは大違いで、静かに部屋に入ってきて、私を見た途端に「ゆいぽ〜ん」って力ない声で私に抱き着いてくる。このときは相当疲れてるときで、ゆいちゃんはシャワーですら浴びるのを拒むからこれもこれで大変。


つまり結局は、私は起きてないといけない。
でも、今日はどっちだろうなって考えるのも楽しみだったりする。
まぁ今日は、多分…


と思ってたら、扉が開いたことに気付く。



「ゆいぽ〜ん…」
「っとと。大丈夫?」
「ん〜眠いよぉ…」
「こら、ここで寝ちゃだめでしょ。」
「んー」


やっぱり、今日は後者だ。
声に力はないけど私に抱き着いてきた力は結構強くて少しよろけてしまった。私がしっかりしないと、倒れちゃう。
抱きとめられたのはいいけどゆいちゃんはそのまま私の腕の中で寝てしまいそうだったからそのまま引きずってベッドに移動させてあげる。もちろん優しく寝させるわけじゃない。いったんゆいちゃんを離してシャワーに入らせるため。明日も仕事あるし、ゆいちゃんは朝が弱いから今ちゃんと入らせてあげないと。


タオルとか着替えとかを準備してだらーっと伸びてるゆいちゃんを起こす。


「ゆいちゃん。シャワー浴びて。」
「やーだー寝たいー」
「だめでしょ。明日仕事あるんだから。」
「じゃあ朝浴びるから〜」


その言葉を信じて、騙されたことが何度あったか。私だってお母さんじゃないんだしこんなことをするのは本望じゃないんだけど、ゆいちゃんのためだ。
第一この人は私より年上なはずなんだけど。


「朝できたことないでしょ。」
「うっそだ〜できるよー」
「できません。」
「むぅー」
「ほら、早く行ってきな。」
「…浴びてきたらなんかしてくれる?」
「…え?」
「じゃないと行かない。」
「…わがまま…」


つくづく、そう思う。
でもそんな可愛い顔で、上目遣いで私を見るのはずるいなぁ。
断れないじゃん。
ていうかなんかってなに?久しぶりに難問をぶつけられた気がする。もしかしたら、学校の問題より難しいと思う。
これも付き合ってから気付いたことだけど、ゆいちゃんはゆいちゃんが思ってることに沿ったことじゃないと多分お願いをきいてくれないんだと思う。つまり今私は相当な窮地に立たされてるわけで。


さぁ、答えは一体なんだろう。


ん〜


これに賭けるか。



「分かった。じゃあ今日は一緒に寝てあげるよ。」
「…ほんと?」
「うん、ほんと。」
「ほんとにほんと!?」
「ほんとだってば。」
「やったー!!行ってくる!」
「ふふ、行ってらっしゃい。」


どうやら当たったらしい。日に日に正答率も上がっていっている気がする。
ゆいちゃんはさっきまでのが嘘のように笑顔でお風呂場に駆けていった。
一緒に寝るなんて、私のご褒美みたいだけど。
あがってきたら髪でも乾かしてあげようと思いながら、私はまた椅子に座って本を読み進めた。




____________



「ふふっ、ゆいぽんに乾かしてもらうの好き〜」
「そうなの?」
「そうだよ〜」


ゆいちゃんはものすごい速さであがってきたからちゃんとやったのかなって心配したんだけど、それを言ったらちゃんとやったもんって怒られたからごめんって謝って髪を乾かしてあげている。
ゆいちゃんの髪って長くてきれい。触れていてわかるんだけど、すごいつやつやしてて。あと、いい匂いがする。シャンプーの匂いじゃないの?って前に言われたけど違うんだよね。シャンプーの匂いの中に、微かに“ゆいちゃんの匂い”が混ざってるんだ。それが私は心地いい。
「きれいだね」って率直な感想を言うと、身をよじって照れる彼女は本当に素直だな〜と思う。
そういうとこ、ほんと好きなんだよね。


「終わった。」
「んぅ〜ありがとう!」
「…もうこんな時間。どうする?」
「んー寝る。」
「そうだね、そうしよっか。」


髪を乾かしている最中はご機嫌だったけど、気持ちよかったからかな?今はもうすごく眠そうな顔をしている。
約束通り一つのベッドに二人で入る。
一人用のベッドだから狭いな、やっぱ。頑張って離れても肩が必ず触れてしまう。

もうちょっと端に寄ろうとしたら、気付けないかもしれないぐらいの力でぎゅっと指を握られた。


「…どうかした?」
「ゆいぽん。」
「…寒い?」
「ちょっと違う…」
「じゃあ、もっと温まりたい?」
「ん〜うん。もっと近くに寄りたい。」
「しょうがないな〜」
「えへへ。」


横を向くとゆいちゃんが何かを言いたげにこちらを見ていた。握ったゆいちゃんのその指が私を近くに寄せようとしている感じがして、遠回しに寒いのと聞いてみた。まぁ、実際寒くはないと思うけど。聞き方を間違ったらしいから今度は温まりたいのと聞いてみる。そしたら腑に落ちたのか、笑顔を見せて本音を言ってくれた。


「わわ、ゆいぽん苦しいよ?」
「ゆいちゃんが近くに寄りたいって言ったんだよ?」
「確かに、そうだったね。」
「あったかいでしょ。」
「うん。すっごいあったかい。」


可愛くて、予定よりも抱き寄せすぎたからそのままぎゅ〜って強く抱きしめた。向い合せになってるから小っちゃいゆいちゃんの顔が私の胸のあたりにくる。失敗した、私の心臓の音聴こえちゃうかもしれない。
そう思って力を弱めると、今度はゆいちゃんが抱きしめてくる。あらら、これじゃ意味ないね。


「…おやすみ、ゆいちゃん。」
「うん。おやすみ。」
「…大好き。」
「…」
「…寝るの早い…」


小さく呟いた愛の言葉が届かなかったかわりに、ゆいちゃんの目じりにそっとキスを落とした。



そのとき、背中に回された手に力が入ってたことは、ゆいちゃんには言わないでおこう。









END.

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