短編小説U

□空いているようで埋まっている席
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「まなか、まなか…」
「…梨加ちゃん。」
「まなかぁ…!」


目の前に好きな人がいる。
好きな人を無くし、好きな人の名を叫び、泣きじゃくる、私の好きな人が。



一か月前だったかな。ある日から突然、愛佳が帰ってこなくなった。なんでかは分からない。けど、あの猫みたいな自由人だ。どうせレッスンが厳しいとか面倒くさいとかそんな理由でどっかに一人旅でもしに行ったんだろう。
私を含め、ほとんどのメンバーはそう思っていた。梨加ちゃんは、最初から心配していたけど。
一週間もしたら帰ってくるだろう。そう、思っていた。
一週間が経った。愛佳は帰ってこなかった。
二週間が経った。連絡をしてみたけどだめだった。
三週間、四週間。愛佳は、なんも音沙汰もなく、「消えた」と言うしかなくなった。



梨加ちゃんが、壊れていった。
情緒が不安定になっていき、私たちが話しかけてもなにも反応してくれない。一人でただ黙っていると思えば突然まなかと叫びだす。
今はそのとき。
最初の頃は私たちは梨加ちゃんのことを落ち着かせるのに全力を尽くしていたけど、徐々に「愛佳がいなくなった」という事実を理解してきたのか、梨加ちゃんにすら、構わなくなってしまった。


私は…
好きな人のこと、ほっとけるわけがない。



「梨加ちゃん落ち着いて。」
「まなか、まなか!」
「梨加ちゃん!」
「ま、なか…まなか…」
「っ…」
「なんで、ここにいないの…」
「梨加、ちゃん…」
「…はぁ…はぁ…」
「…」
「…」


やっと、落ち着いてくれた。
落ち着いたあとは寝かせにいかないといけない。そして、一緒にいてあげる。そうしないと、梨加ちゃんは愛佳を探しにどこかに行ってしまうから。


背中をさすりながら優しく体を持ち上げてベッドまで運んであげる。
息が荒かったけど横になって整っていく。
そして梨加ちゃんは、目を閉じた。


「…」


目の下にある赤い跡。もうしばらくその跡がないのを見ていない。
美しい、梨加ちゃんの顔を見れていない。





________________




「理佐。」
「ねる。」
「大丈夫?くま、できとるよ?」
「え…ほんとだ。」
「あんま無茶しないでね。私も、手伝うから。」
「うん。ありがとう、ねる。」


朝、梨加ちゃんがぐっすり寝ていたから今日は置いてきた。レッスン、ちゃんと受けないといけないし。
休憩中、ねるが私のそばに来て励ましてくれた。でも隈ができてるなんて、こんなんじゃファンに会わせる顔がないな〜。
次、いつイベントがくるかなんてわからないんだけど。


梨加ちゃん、今どうしてるかな…
きっとまだ、寝てるんだろう。


ふと自分の携帯を確認してみると、溢れている愛佳への着信履歴。なんとなく遡ってみると、やっぱり一か月前からだった。
ラインも確認する。
『うちの自慢の彼女』っていう文と添えられた梨加ちゃんとのキスしてる写真。私はそれに『そうだね、一番可愛いね』と返してた。
どんな気持ちで返したんだろう。ほんとに可愛いって思ったのかな。それとも、愛佳のことを憎いと思ったのかな。
どっちも、だろうか。
愛佳と一緒にいる、幸せそうな梨加ちゃんが好きだった。だから私は二人が好きだった。


もう一度、通話ボタンを押す。


「…」
『ピーピー…現在、この電「ちっ…」


なんで、なんで出ないんだよ。
お前の大好きな、自慢の彼女なんでしょ?
そんな人が泣いてんだよ。お前がいなくて泣いてんだよ。お前が戻ってくるだけで、梨加ちゃんは笑ってくれんだよ。
私らじゃ、だめなんだよ…
ふざけんじゃねーよ。



「愛佳」と表示された画面を見つめて眉間にしわが寄る。
そんなとき、レッスン室の扉が開かれた。


「梨加ちゃん!?」
「べりか!」
「…」


そっちを向くと、梨加ちゃんがいた。
梨加ちゃんはこっちを向き、そのままこちらに歩いてくる。
私?少し、期待しながら待っていると、梨加ちゃんが私を、抱きしめた。



「え、梨加ちゃん」
「まなか…」
「っ…!」
「梨加ちゃんその人は理佐だよ」
「まなか!…まなか、だよね?」
「梨加、ちゃん…」
「理佐。」
「…っ」
「まなか?」



あの梨加ちゃんが、私に抱き着いた。
でもそれは、「私」にじゃなく、「愛佳」にだ。
私は愛佳じゃない。私は渡邉理佐だ。
分かってる。分かってるよそんなこと。


でも…


「…っ!理佐!?」

私は、下についていた手を梨加ちゃんの背中にまわした。


「そう、だよ…私が、“愛佳”だよ…べり。」
「うん、知ってるよ。まなか大好き。」
「…うん、私も、好き。」
「もう、どこにもいかないで。」
「うん。いかないよ。」


私は、“愛佳”の代わりになった。








「理佐っ!なにやってるの?」
「…見たまんまじゃん。」
「バカ。あんなんじゃ梨加ちゃん勘違いしたまんまだよ?好きな人があのままでもいいの?」
「それでも、」
「…」
「それでも、愛佳の代わりでも…私は…」
「理佐…」
「いいんだよ。私は、梨加ちゃんにとっての愛佳でいい。それでもそばにいるから。」
「でも」
「もう、行くから。」
「理佐…」



ねるが言いたいことなんてわかってる。
いい。それでもいい。


私は、梨加ちゃんと一緒にいたいから。







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