短編小説U

□アクアテラリウム
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「…ここ、は…」


目が覚めて周りを見渡すと、ここは、海の中なんだなと思った。
冗談なんかじゃなく、本当に。
でも一つ、私の知っている海と違うのは、海の中は暗いって聞いていたけど決してそんなことはなく、ここは、明るいってこと。
太陽の光が入り込んで一層きれいに見えるこの水色の海のなか、なんで私は寝ていたんだろう。


「…」

そして、ふわふわと浮かんで私と目が合った女の子が一人。
なんで浮かんでいるのかな。誰なのかな。
色んな疑問が浮かんでくる。


「おはよう。」


なにを言おうかと考えていたら、その子が先に口を開いて朝の挨拶をしてくれた。
そっか。今、朝なんだね。


「おはよう?」
「うん…朝だよ。」
「そうなんだね。」


でもなんだろう。なぜか、朝なのにもう眠くなってしまって。


「いいんだよ無理しなくて。おやすみ。」
「で、でも。」
「また明日、会えるから。」


その言葉に私はどこか安心して、知らない子なのに、絶対に明日も会える気がして、私はそっと目を閉じた。










________________________





目が覚めた。
昨日だったかな。不思議な光景が広がっていたのは。


いや、今日も同じみたい。
でも昨日と違うことが一つ。
私は今、歌が聴こえている。


その歌声の正体を確認する。
あ、昨日のあの子だ。


「温かい水に…泳ぐテトリダス…長い時間をかけて、糸を紡ぎながら…繭になるー…」


上手い、とは言い切れないけど、どこか、惹かれてしまうそんな歌声だった。


「あれ、起きてたの?」
「ご、ごめん…」
「ふふ、いいよ別に。おはよう。」
「うん。おはよう。」


昨日も会ったその子は今日もふわふわ浮かんでて、昨日はそのまま目を瞑ってしまったから浮かんでいるとこしか見れなかったけど、今日はぽんって地面に着地した。
上も下も海だから地面なんてないように見えるけど、そうやら見えない部屋のようなものがあるのかな。
私が座れているこの地面の延長戦上に君は立ったから、きっとここが共通の地面。


「あなたはだれなの?」
「私?」
「そう。」
「う〜ん…さぁ。私も分らないんだ。」
「そうなの?」
「うん。自分が誰かが分からないの。あなたは分かる?」
「わたし…私はね。」
「…」
「あ、思い出したよ。」
「ふふ、良かったね。」
「私はね、りかっていうの。でも、それしか分かんないな…」
「名前だけでも思い出せたならそれでいいんじゃない?」
「そっか、そう、だね。」
「私は何も分からないから。」
「じゃあ!」
「ん?」
「私があなたの名前、つけたい。」
「…りかちゃんが?」
「だめ、かな?だって、ずっとあなたって呼ぶのはなんか嫌。」


今日だけ、たった一瞬だけならいいけどこの子とはそんな浅い関係だけでは終われない気がするから。


「じゃあなんて呼んでくれるの?」


微笑みながら私に問う彼女は、とてもきれいで、可愛くて、思わず息を呑んだ。
久しぶりに考える。
というよりも、昨日より前の日を思い出せないんだけど。
名前、彼女の名前。
わたしはりか。じゃあ彼女は?

分からない。名前って難しい。



「りさ、とか?」
「あははっ。絶対今適当に選んだでしょ?」
「そんなこと、ない、です…」
「分かりやすくていいよ。私は、りさね。」
「いいの?」
「いいよ。ないより、全然いい。」
「じゃありさちゃんだね、これから。」
「そうだね、りかちゃん。」


昨日会ったばっかりなのに、なぜか昔から一緒にいたような気がするりさちゃんと、私は笑いあった。
でもまた、急に眠気が私を襲ってきて。
まだ、話していたいのに。


「無理しなくていいよ。おやすみ、りかちゃん。」
「りさちゃん…」
「ふふふ、泣くほどやなの?」
「まだ、はなしたい…」


でも私は、また目を閉じてしまった。







その日から、りさちゃんと私はいつも、不思議な関係になった。
私の目が覚めると、やっぱり海のなかで、りさちゃんがいて、たまにりさちゃんは歌っていて。
その歌声に、私はいつでも聞き入ってしまって、歌っているりさちゃんに見惚れてしまう。
たった少しの時間だけど楽しいりさちゃんと過ごす時間。


でも一つ、悲しいことがある。
それはりさちゃんと出会って、何日か経って気付いたこと。りさちゃんが、教えてくれたこと。



「ねぇねぇ、私もそうやって浮かべるの?」
「あーこれ?できるよ、簡単に。」
「どうやるの?」
「難しい質問だな〜私も勝手にできちゃったから。」
「浮かびたい…」
「こう、なんていうか、浮かべ〜って念じてみて、体の力を抜くの。」
「んん…浮かべ〜?」
「頑張って。」
「んんぅ…」
「ふふ…あ!」
「で、できた!」
「すごいすごい。できたね。」
「うん!りさちゃんできたよ!」


いっつもふわふわ浮かんでるりさちゃんが少し羨ましくて私もできるかなって聞いてみた。
りさちゃんはなんとなくだけど教えてくれて、その通りに体に命令をしてやると、私の体もりさちゃんみたいにふわ〜って浮かんだ。
そこからは簡単で、思ったように自由に動くことができた。

しばらくその喜びに浸って飛び回る…んん?泳ぎまわっていると、あることに気が付いた。
ここは本当に部屋のよう。下と上しか確認してなかったけど、横も限りがあった。


そして


「りさちゃんはどうしてそこから動かないの?いつも、そこだけで。」
「あー…知りたい?」
「…うん。」
「こっちにおいで。」
「…?」

りさちゃんに言われた通りに、りさちゃんの元へ向かう。


でも私は、りさちゃんの元へは行くことができなかった。


「…え?」
「…そういうことだよ。」
「なん、で…?」
「さぁ?私にも分かんないや。」
「…じゃあ、私はりさちゃんに触ることができないの?」
「…そうだよ。だからは私はここから動く必要がなかったの。」
「りさちゃん…」
「悲しいよね。こうやって話すことはできるのにな…一度でもいいから、触れたかった。」
「…」


部屋のような海に囲まれた私たちがいるここは、“私たち”の部屋じゃなく、“私の部屋”と“りさちゃんの部屋”だった。



悲しいこと。私とりさちゃんは触れることができないってこと。



私の頬に、何かが流れた。







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