短編小説U

□そこに私は座れない
1ページ/2ページ




「理佐。」
「おだなな。」
「今日もぺーちゃんいい感じだね。」
「…うん。」
「…これ、差し入れね。」
「え、ありがと…」
「辛いだろうけど…理佐がそう決めたんなら、私は支えるから、ね。」
「…ありがとう…」


おだななから差し出されたのは私の好きなゼリーとお菓子が適当に入ったコンビニ袋。
最近みんな、こうやって私たちを支えてくれている。
その度に、私はなぜだか涙が出そうになるんだ。


愛佳がいなくなって二か月、私が愛佳の代わりになって一か月程が経った。
梨加ちゃんはレッスンにも普通に参加して、みんなとも普通に接するようになった。
私たち欅坂のメンバーは、愛佳がいないだけでその他はいたって前と変わりない。本当に、愛佳が足りないだけなんだ。



ねるはあの日喫茶店で話して以来、特に何も言わなくなった。ふとねるを見ると、たまにすごい顔で睨んでくるときもあるけど。




「まなか。」
「っ、べり。どうかした?」
「…ううん。なんでもない。」
「…そっか。」


最近梨加ちゃんはこうやって、愛佳、私のことを呼んで「なんでもない」と去っていく行動が多くなった。最初はただ愛佳のことが恋しくなるんだろう梨加ちゃんが恋しくなる私のように、と思ってたけど、それにしては多い気がする。
まぁ、あの不思議な梨加ちゃんだ。梨加ちゃんなら、あり得ることでしょ。







「「お疲れ様でしたー!!」」



挨拶をして今日のレッスンも終わった。
あともうちょっとで久しぶりのイベントがあるから最近のレッスンは厳しくて大変だ。
イベントに、欅のみんなが揃うことはないんだけどね。


すぐに梨加ちゃんの元に行って「かえろ」と言うと、「うん」と笑顔を向けてくれる。
でも、気のせいかな。
その笑顔のなかに、どこか曇りがあるように感じたのは。



「まな、か。」
「…ん?」
「…ううん。」


今もまた。
いいんだけどね。


でも今は、それで終わりじゃなかった。


「…あのね、言いたいこと、あるの。」
「…」

梨加ちゃんは寮に向かう足を止めて、私の正面に立った。


「今日の夜、その…んん…」
「…部屋、いこっか?」
「いや…お外が、いいの。」
「うん。分かった。じゃあ何時頃外出ればいい?」
「…九時、くらい。愛佳だけで、きてね。」
「…うん。」


なんだろう…
すごく、嫌な予感がする。







________________________




梨加ちゃんを部屋に送って私も自分の部屋に戻り九時まで適当に時間を潰した。なにを言われるんだろうと、考えながら。
九時になる五分くらい前から時計とにらめっこをし、一分前になった瞬間に携帯を持って部屋を出た。


「…早いね。」
「べり、こそ。珍しいね。」
「ちょっと、歩こう?」
「…いいよ。」


よく遅刻するって有名な梨加ちゃんが、絶対に遅刻しない私より先にいたからびっくりした。


二人で真っ暗な道をとぼとぼと歩く。特になにも話すことなく、ただ、ひたすらに。
私はこの雰囲気に耐えきれなくて、梨加ちゃんに話しかけた。



「べり。」
「…ん?」
「早く、言ってほしい。」


九時までの時間では、私は梨加ちゃんがなにを話すかなんて検討もつかなかった。
…愛佳だったら、分かったのだろうか。
なんて、結局は愛佳と比べるはめになっただけ。
梨加ちゃんは私のお願いをすぐには聞いてくれずに無言で笑顔を向けてまた歩き出した。
私は追及をせず、ただ梨加ちゃんの隣を歩き、梨加ちゃんについていくだけ。


愛佳は、ひっぱていた。
私は、引っ張られるだけ。


溜息をつきながら、歩く。



「…」
「…べり?」
「…話すよ。…全部。」
「…え?」


梨加ちゃんの足が、止まった。
ここは…公園。
あぁそうだ。たしか、愛佳がラインで送ってきた梨加ちゃんとのキス写真はここで撮られていた気がする。


「…愛佳と最後に遊んだ場所、ここなんだ。」
「…べ、り…」
「ふふ。デートっていうからどこかにお買いものにでも行くのかと思ったら、急に部屋に来て歩くぞーってね。だからどこに行くのかなってわくわくしてたら、まさかの公園でね、本当にこの子高校生なのかな〜って思ったの。でもやっぱり、それが愛佳らしいなっても思って、可愛いなって、好きだなって。」
「…」
「…だから、そんな愛佳が、急にいなくなるなんて思ってもなくて、本当に、悲しくて…」
「…りか、ちゃん」
「理佐ちゃん。」
「っ、」
「私は逃げてたんだ。ただただ泣くことしかできなくて、みんなは私をしっかり支えてくれてたのも分ってたのに、私はなにもできなくてね…理佐ちゃんを、愛佳に重ねて、最低なこと、したよね…」
「りかちゃん…りかちゃん…」
「ごめんね。本当に、ごめんね?私は、最年長で、愛佳が恋人だからって、みんなに甘えて…」
「りか、ちゃん…!」
「理佐ちゃんのこと、見れなかった。」
「…うぅ…もう、いいよ…り、かちゃん…!」
「愛佳がここにいないのも、もう、分かってるんだ…ごめん、ごめんなさい…」


梨加ちゃんはもう、全てを理解していた。
でも違う。梨加ちゃんだけが逃げてたんじゃない。私が一番逃げてて、「好き」という感情を最優先にして梨加ちゃんにとっての「愛佳」という存在になりきろうとした。
梨加ちゃんは強くて、優しい。
一番悪いのは私なのに、そんな私を優しく抱きしめてくれる。
この優しさが欲しかった。私だけのものに、したかった。
敵わないなんて、わかってたのに。


今だけはきっと私だけのものだから。
もう「愛佳」の代わりにも、梨加ちゃんの「恋人」にもなれないけど、今だけは、許してほしい。
この人のぬくもりを、体中で感じることを。




「りかちゃん…りかちゃん…!…好きだよ…!」
「りさ、ちゃん…もう、解放されていいんだよ?」
「っ、解放、なんて…」
「あなたはもう、自由になって?」



私はなにがあっても、彼女が好きだ。










.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ