短編小説U

□頼りないメイドだけど
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「お嬢様。お食事をお持ちしまし」「べりか。」
「っ、な、んですか…」
「“お嬢様”はやめてって何度も言ってるでしょ?」
「で、ですが…」
「いいから。それとも、私の言うことが聞けないの?」
「ご、ごめんなさい…友香ちゃん…」
「うん、それでよし。」



メイドのべりかが昼食を運んできてくれた。
この部屋に誰が運んでくるかなんて毎日違うからわからないわけだけど、今はべりかのときだけは扉が開く前に足音ですぐわかるから私はべりかを迎えるためにしっかりと身なりを整えて待つ。


私はこの菅井家の一人娘でべりかはここのメイド。私はこのメイドのことが、好き。
それは私がお母様やお父様、じいややお友達にむける感情とは違うもの。私もよくは分からないけども多分これが世間一般に言う“恋”ってものだと、最近恋愛小説を読んでみて気付いた。
だからといって、変に動揺したりはしない。
だって相手はべりかだから。多分私が今「好き」と言ったところで「ありがとうございます」と他人行儀な感謝の言葉しかくれないだろうから。



いつかは、この気持ちもちゃんと伝えようとは思っているけど。




「では、また…」
「うん。ありがとうべりか。」



あぁ、考えてたらすぐ食べ終わってしまって、もうべりかは扉の向こうに行ってしまった。



ばたん




「お嬢様。10分ほど経ったらピアノの練習がございますので、準備しておいてください。」
「…はい。」



入り違いで入ってきた名前も知らないメイドさん。この人の用はただの伝言で、一分もしないうちにこの部屋から出ていく。
これがべりかだったら。
きっと私は適当に言いくるめて居座らせるだろう。もっと一緒にいたいと思うから。




べりかだったら。べりかと、ずっと一緒にいれたら。




「…」



思ったよりも、私はべりかのことが好きなみたい。


恋だけは、べりかしか私に教えられない。
鬼の家庭教師も、ピアノの綺麗な先生も、乗馬の先生も。誰も、教えることはできないだろう。



「…ピアノ、行こう。」



私はまた、いつも通りに、この規則的な生活を送り始める。
べりかといるときだけは、全てを忘れることができるのに…






_____________________






「お嬢様。夕食の準備が整いました。」
「分かりました。すぐ行きます。」



ピアノの練習をして、家庭教師とお勉強をして、入浴を済ませた。
私が「今日何をしたか」なんてことは今日のことをわざわざ振り返らなくても毎日が同じことの繰り返しだから分かる。
私はその繰り返しに毎日何を想っているか分からない。ただただやれと言われたことをこなすだけだから、いつの間にか、何も考えずにこなす術を覚えてた。


鏡の前で服を軽く整えて、一階にある食事場に向かおうと階段を降りる。



この後はきっと夕食を済ませ、家族と軽く会釈をし、メイドや執事に挨拶をして、そのまま十一時に就寝。




このいつも通りが、続くはずだった。




ガッシャーン!




「っ!?」



階段を降りてる途中に響いた何かが割れる音。その音の正体はキッチンからで、同時にお父様の声も聞こえてくる。


怒鳴ってる。
きっとメイドの誰かがお皿でも割ってしまったんだろう。
別に、どうでもいいけど。






そのメイドがべりかじゃなければ。






「貴様は何をやってるんだ!」
「す、すいません!」
「メイドはただ従順に仕事をやってればいいっていうのに、そんなこともできないのか?そんな奴は…クビだ。」
「っ、ほ、本当にすいません!」
「いいから早くここから」「お父様!」
「…友香か。びっくりさせるな。なんだ、なにか用か?それだったらもう少し待ってくれないか?」
「用はありますが、今じゃなければなりません。」
「…言ってみろ。」
「べ…そのメイドを解雇にするのはやめていただけないでしょうか?」
「なぜだ?」
「…そのメイドが皿を割ってしまったのはたまたまで、メイド自身に問題があるわけではありません。」
「別にメイドくらいたくさんいる。こんなメイドはいらん。」
「っしかし!」
「友香。」
「…このメイドは、私が個人的に気に入っています。」
「なに?」
「私のただ一人の話し相手です。そんな人を解雇にするのであれば…私は、この家を出ます。」
「っ、友香…」
「おじょう、さま…」
「べりか、いこ?」
「え、お、お嬢様!?」





しまった。やりすぎた。
これ以上はさすがの私も反論できない。
そう思って私は、べりかの手を引いて自分の部屋に向かった。













「べりか大丈夫?怪我してない?」
「ん、だいじょうぶ…です…」
「よかったぁ…もう心配させないでよ…」
「ごめんなさい…」
「まぁ怪我してないならいっか。」
「あの!」
「なに?」
「本当に、ありがとうございます…私の失敗だったのに…」
「気にしないで?その、私も勝手なこと言っちゃったし…」
「お嬢様に迷惑をかけたのは事実です。なんとお礼を申し上げればいいか…」



部屋に入ってべりかをベッドに座らせて手の具合を見る。散らかったお皿の様子を見る限り、だいぶ派手にやってたぽいけど、べりかの手はちょっとした切り傷だけで済んだみたいだった。


べりかは私にすごく謝ったりお礼を言ってくれたりしてるけど、お礼を言いたいのは私の方だった。
やっぱり、私にはべりかしかいない。
いつも通りの今日を、べりかは壊してくれた。
今こうやって好きな人と一緒にいられるのもべりかがお皿を割ったから。
お父様に逆らうのはちょっと怖かったけど、それよりもべりかがいなくなる方がよっぽど怖い。それに比べたら小さいもんだよね。


そんな感じで思考をずらしている間にも、べりかはぺこぺこ頭を下げていた。
律儀だなぁと感心しながら、せっかく二人になれたんだしお話したいなぁという思いもでてくる。でもきっとべりかは私のことを「友香ちゃん」とは呼んでくれないんだろうな、こんな調子だと。



「お嬢様…」
「っ」


どうすればいいかな。そう考えて視線を上に向けていたら、べりかにふいに呼ばれて、べりかの方を向くと、もちろん視線が重なるわけで。


涙目になってるべりかはとても可愛くて



今までに出会ったことのない感情に、襲われる。




べりかに、触れたい。



いけないって分かってるのに、徐々にこみ上げてくるその想いを





私は、制御することができなかった。





「…じゃあ、私の言うこと聞いてくれる?」
「…え?」
「お嬢様の言うこと、メイドは聞いてくれる?」
「ゆうか、ちゃっ!?」
「ごめんべりか。私も、よくわかんなくて…」
「ゆうかちゃん!んぅ!」
「っはぁ…止まれないかも。」



後ろのベッドに押し倒して私は感情のままにキスをした。もちろん、初めてのキス。
それでも物足りなくて乱暴に舌も入れる。気持ちいいとかは感じない。ただ、私の下で抵抗するべりかは、すごい、可愛い。
私は今べりかが可愛いってこととべりかに触れたいっていう感情に支配されている。



べりかはもうキスで力が抜け切っていて抵抗はしてるけどほぼ無意味。
そんなんじゃ、本当に止まれなくなっちゃうよ?心の中でそんなことを想いながら、私は手をべりかのメイド服に忍ばせる。



「ん、あっ、ゆ、うかちゃん…!」


上にちょっとずつあげていくとたどり着いた柔らかいところ。触れた瞬間に、その感触とべりかの声に私の脳は麻痺していく。
女の子って、こんなに柔らかいんだ。
ううん、べりかだけかもしれない。


べりかの目にはもう涙が溢れていて、私がすくい取ってあげても間に合わない。
ほんとは、そんな顔させるつもりじゃなかったのに…
ただ、お話したいだけだったのに。



それでも、私の体にブレーキはかからない。



「べりか…!」
「ゆうか、ちゃん…!」



べりかの内腿に私の手が這っていく。
もう少しで、たどり着く…


そのとき。





『お嬢様!』
「!?」
『お父様が申し訳ないと、夕食を食べないと、と申し上げておりますよ。』
「い、今いきます!!」



メイドの声を聴いて咄嗟に手を引く。
メイド、一体なにを言ったんだろう。焦ってばかりで分からなかった。




「…」
「…」



顔を赤くして私と目を合わせないべりか。
あぁあ…私、なにやってるんだろ…



後悔の念が、私を襲う。





そんなべりかに私ができたのは、「ごめん」と言って、それだけを残してこの部屋をあとにすることだけだった。














END.

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