短編小説U

□カメラレンズのその先は
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カシャ


ピントを合わせ、ファインダーを覗いて「ここだ」という瞬間を待って、きた瞬間に逃すまいとシャッターボタンを力強く押す。


「まぁまぁかな…」


公園で木々の間を飛ぶ小鳥たちを撮った。
でも少し遅かったかもしれない。“飛ぶ瞬間”を撮りたかったから、木々から離れすぎている。



これじゃあ、お父さんにはまだまだ及ばない。




実はさっきから何度か同じ状況がきてシャッターを切ってはいるんだけどなかなか上手くできないんだ。
一回、場面変えてみようかな。


そう思って、カメラの向きをレンズを覗きながら変える。
公園の景色が回ってきて、ベンチに座る老人、砂場で遊ぶ子供たち、公園の外の信号…


後ろ姿の、きれいな人。



「っ!」


思わず、カメラから目を外す。


「…なんてねぇ…」


きれいだからって“あの人”とは限らない。



でも、その女の人を見たことによってまた、あのときの記憶が蘇ってくる。









_____________________








「お父さん!」
「おぉー愛佳。お前はまぁ〜たお父さんの仕事を邪魔しにきたのかぁー?」
「うわっ!違うしー応援しにきてやったんだよぉー。娘がきてやったんだから喜べよなー」
「ははははっ。良く言う奴になったもんだ。そんな子に育てた覚えはないぞー」
「いってぇ!いたたたっ、痛いってばー!!」



私のお父さんは写真家だった。
正直とてつもなく人気、ってわけではなかった。あって市や県の小さなコンクールで入賞するぐらい。
それでも、私はお父さんの撮る写真が大好きだった。

だから私はいつもお父さんのところに行って撮った写真を見る。お父さんは「仕事の邪魔だ」とか言ってるけど、顔、にやけまくってるから。嬉しいの知ってるんだぞ。




「ただいまぁー」


お父さんと一緒に家に帰ると、誰もいない家に私の声が寂しく響き渡る。


「…お母さんは?」
「んー。…多分出かけてるんじゃないかな?まぁきっと夕食時には帰ってくるさ。」
「…」
「愛佳。」
「いふぁいいふぁい!」
「あははは。お前は笑顔が一番似合うんだから、そんな悲しい顔するんじゃない。大丈夫。
そうだ。お父さんのアルバム、一緒に見るか?」
「まじで!?やったぁ!!」


お父さんのことは大好きだったけど、お母さんのことはあまり好きではなかった。
お父さんは私に隠してるつもりなんだろうけど私は知っている。
お母さんは、不倫しているってこと。
家にいることなんてほとんどない。お父さんは夜ご飯のときには来るって言ってたけど来たことなんてほとんどないし、あったとしても、会話することなんてなかった。


今日もまた、お母さんは来なかった。


お父さんは笑いながら「ごめんなぁ。嘘ついちゃったよ。」って言ってるけど、私はどうして離婚しないのか謎だ。
別れたら、そんな無理して笑うこともなくなるのに。
あんな人のこと、親だなんて思う必要もなくなるのに。



一度、別れないのと聞いたことがある。
でもお父さんは


「お前はな、お父さんとお母さんの子だろう?お前を産んだのは紛れもなくあの人だし、僕はお母さんと愛し合ってお前を産んだことを後悔していない。それなのに、別れる必要なんてないさ。」


そう言ってまた、私の頭を撫でた。
お父さんは優しすぎるんだよ。
でも、お父さんといれるだけで私は幸せだから「そっか」とだけ言って、目を閉じたんだ。












こんな幸せな日々が、ずっと続くと思ってた。



思ってた…



信じてたのに……











「愛佳。」
「…なに。」
「今日は帰ってくるの遅くなるから。はい、お金。」
「…」
「いってきます。」




お父さんは、私とお母さんを残してこの世から去ってしまった。葬式のときは泣きじゃくるばかりで、泣いたことしか記憶がない。
悔しかった。泣いてばかりの自分が。大好きなお父さんに何もできなかった自分が。
お母さんと、上手くやれない自分が。


「今日は」じゃないでしょ。「今日も」でしょ。
そんな言葉が出かかる。
でも、言ったところで私とお母さんの関係が悪化するだけっていうのは分かり切っているから言わないけど。


お父さんのことは大好きだけど、私、お父さんみたいに優しくはなれないや。





唯一、嬉しかったこと。



「愛佳、今日誕生日でしょ?」
「…そうだけど。」
「はい。」
「…これって」
「あの人のカメラ。愛佳、好きだよね?」
「…ありが「じゃあね。」


お父さんが死んでから迎えた私の誕生日に、お母さんがお父さんの使ってたカメラをくれたこと。
まぁ、お母さんの口から「おめでとう」なんて言葉が発せられることは、たったの一度もなかったけど。


お父さんの残したカメラを誕生日が来るたびにくれたお母さん。年が上がるたびにどんどん高価なものになっていき、最後にもらったのは、お父さんが一番気に入っていた一眼レフカメラだった。






「…」


そんな嬉しいこともあったけど、やっぱり世界はつまらなかった。
お父さんが死んでからは全てがどうでもいい感じがして…

でも、お父さんのカメラを覗いた時



「…すごいや…」


世界は、輝いて見えた。


ファインダーを覗くと世界は輝き、自分の目で見ると世界は霞む。


ただでさえ退屈な生活が、悪天候だとさらに悪くなる。けど、カメラに通せば、それはまた素晴らしいもので、世界はこんなにも変わるんだと感動した。



お父さんはいつも、こんなにもすごい世界を見てたんだって。
それじゃあ、こんな素晴らしい世界を見て輝いているお父さんを近くで見ていた私は、本当に幸せ者だったんだと、改めて思った。












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