短編小説U

□戻せない時間
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「はぁ…」


なにを思い出しているんだろうか。
彩られる街の中、少し肌寒いの感じ頭の引き出しから出てきた記憶。
五年前のあの頃も、こんな冬の近づきを感じさせる秋だった。


「やめよ…」


毎年、そう思ってるんだけど。
仕事帰り、スーパーに寄って今日の夕食のカレーの材料を買った。私は今一人暮らしだけどカレーっていうのは作るのが簡単だからよくやる。私は特に好き嫌いがないから食べるのはなんでもいい。それが故に困ってしまうんだな。
あの頃は、ゆいちゃんの好きなものをよく作っていたけど…


あ、そうだ。
今日は給料日だし欲しい服でも買いに行こう。
そう思って、久しぶりに足の向きを変える。気を、紛らわせるためにも。


お気に入りの店に入って服を探す。入ってみると目的の服だけでなく良い服がたくさん目に入って悩んでしまう。もう冬だし、あったかいニット系がいいかもしれない。別にオシャレをしていかなければいけないことなんてないけれど、これが私の今の唯一の趣味といってもいいから。欅時代、それなりにオシャレな方に入ってたとは思うんだけど。
ふと尾関や織田の服装を思い出して笑いがこみ上げてくる。
あの頃は、楽しかったな〜。
なにもかもが楽しくて、始めてで、だけどその一瞬一瞬が輝いてて。
その全てを「若かったから」と片付けてしまうのは、なんだか違う気がする。



「あの、」
「はい!?」
「あ、すいません。…あの、なにか悲しいことでもあったんですか?」
「…」
「お客様?」


しみじみとしていたらいきなり声をかけられた。びっくりして、涙が流れてたことに気付いたと同時に、私はその声の主を見て声を失った。
すごく、ゆいちゃんに似ていたから。


「ごめんなさい。つい、昔のこと、思い出して…」
「そうなんですか。ありますよね、そういうこと。…お似合いの服、見つかるといいですね!」
「…はい。」


笑顔も、よく似て可愛い。
って私はなにを考えてるんだ。今年はなんだか情緒が整わないな、一番、大人なはずなのに。
今の人、優しかったな。無愛想な返しをしてしまってなんだか申し訳ない。握手会で培ったコミュニケーション能力は、年々低下しているような感じがする。


今度、欅のみんなで集まりたい。
そんなことを思いながら購入した服を持って店を出た。



『ゆいぽんっ!』
「っ!?」


その瞬間、聴こえた声。声が聴こえた方に急いで振り返るけど、もちろんそこにはただの通行人しかいなくて。
なんだ、幻聴かとまた前を向く。
胸がなんだか、騒がしい。


なんでかと考える。どうして今日は本当に、こんなにも変なんだろう。
自然と足が速くなる。


『おかえりゆいぽん!』
「あーもう!さっきからなに…」


しばらく歩くとまた聞こえてきた。頭をがんがん叩いて消そうとするけど、ただ痛くなるだけ。
早く家に帰りたい。この声から逃れたい。


逃れたいって思うのは、やっぱり自分に負い目があるから。


足が、止まる。
そうだよ、私はまだ好きだった。大好きだった、愛してた。
だけど、自信が持てなかった。
恋人が人気っていうのは嬉しいことだ。私も嬉しかった。でも、それと同時にどんどん離れていくから…

あぁまた、まただ。
なんで足止めちゃったんだろう。涙、出てきちゃったよ。


もう帰ろう。また歩き出そうとしたそのとき。




『大好きだよ、ゆいぽん!』
「っ…」


幻聴に、私はまた振り返る。



そして私は、幻覚を見た。



「…え…ゆ、いちゃん…?」



でもそれは、幻覚ではなくて、現実。
そこには、前にも見たことがある服を着た、私が、何度も見たことがある姿。
ゆいちゃんの姿が、見えた。
思考回路が停止する。それはただ、ゆいちゃんが見えたってことだけじゃなくて、その隣に男の人がいて、


キス、したから。



ぐるぐるぐるぐると頭がまわる。
ゆいちゃんは今私の目の前で知らない男の人とキスをした。
前までは私のものだったゆいちゃんの唇に触れた。ファーストキスは、私だったのに。
最後も、私だったはずなのに。
いやいや、昔、はね。


そう思いながらゆいちゃんを目で追う。


体が動かない。


いや、追う必要があるか?もう別れた、なんの関係もない人なのに。


その想いなんて、ただの仮のもので。


私はもう、家とは反対の方向に行ったゆいちゃんを追いかけていて。



その手を、掴んだ。





「はぁ…はぁ…」
「…え…」
「…………」
「なん、で…なんで、ゆいぽん、が…」
「こっちが聞きたい。なんで、ここにいるのか。なんで……男といたのか。」



そんなの恋人だからに決まってんじゃん。
知ってるよ。だけど、だけど…
なんでか、認めたくなくて。
無言になったゆいちゃんに私は勝手に話し続ける。


「…なんで無言なの。」
「…それ、は…」
「…ねぇ、このあと時間ある?」
「え、なんで…」
「話したい。…欅の、元メンバーじゃん。」
「っ…なら、いいよ。」


なにやってるの私。今、普通に家に誘った?
頭ぐるぐるしたせいで、色々おかしくなってるみたいだ。





_____________





ぎこちなく部屋に二人で入る。
今盛大に、私は自分の犯した行動を反省している。


「…ご飯、食べ、ましたか。」
「まだ、だよ…」
「カレー、食べる?」
「…うん、いただきたい、です。」


なにやってんだ本当に。元恋人を五年ぶりの再会で男とキスしてんの見ていきなり家誘って挙句の果てにはご飯を一緒に食べるとか。
確実に、私は今バカになっている。
ゆいちゃんをリビングに座らせて、私はカレー作りに取り掛かる。昨日、あらかじめ下準備をしておいて良かった。もちろんこの状況は、予想もしていなかったわけだけど。
いつもよりテキパキと、いや、震えながら準備をする。
もちろん、静寂のなかで。


鍋にルーを入れてくつくつと煮る。
こんなにも静寂が続くと困る。私、コミュ障だし。
前までだったら、また、そんなことを思ってしまう。


「…前までだったら、仲良く話してたのにね。」
「…そう、だね。」
「…」
「…」


言ってしまった。どうやら私はやばいらしい。


ささっとカレーを煮終わり、皿に盛ってゆいちゃんに出した。


「…いただきます。」
「はい…」


カツ、カツ、カツ…
スプーンでカレーをすくう音だけが響く。
私はなんでこの人を誘ってしまったんだろう。話すことなんて、ないのに。

期待、してたのかもしれない。
もしかしたら、もしかしたら…ヨリ、戻せるかもって。
でもそんなの、できるわけがない。
だから私は、話すことができない。ゆいちゃんなんて、私と話したいことなんてあるわけがない。
「元メンバー」として、誘ったんだし。


「…みんなとさ、連絡とかとってるの?」
「…欅の?」
「うん。」
「…とって、ないんだ。番号、知らなくて…」
「そっか。そう、だよね…」
「でもこの前、おだななと会ったよ。」
「え、ほんと?」
「うん。あのね、すっごいださい服着ててね、すっごい面白かったの!」
「っ、そう、なんだ。私も、見たかったな。」
「あ、うん…そうだったんだよ。」


向けられた、五年ぶりの笑顔。あの店員さんを思い出す。そういえばそのとき、私も織田の服を見たいなって思ってたな。
やっとちゃんと向かい合ってゆいちゃんを見たけど、やっぱり可愛い。あの時よりも、大人っぱさが出てきて、少し、遠く感じる。
一体、私が知らないこの五年間、ゆいちゃんにはどんなことがあったんだろう。
あの男と、一緒だったんだろうか。
私は、いつも結局、ゆいちゃんばっかりだったけど、ゆいちゃんは私のこと、思ったことあったのかな。


カレーも食べ終わった。つまり、ゆいちゃんがここにいる理由はなくなってしまったことになる。
こっちを見て、立ち上がるゆいちゃん。
もう、行ってしまうの?また、離れちゃうの?
我儘だってわかってるけど


「待って!」
「っ!?」
「まだ、聞きたいこと、ある…」
「…ゆ、いぽん…」
「…ダメ?」
「三十分、だけなら。」
「うん。それでいい。」


三十分じゃ、全部は話しきれない。無駄にしちゃいけないこの時間。だけどなにから話せばいいかが分からない。
ゆいちゃんはただ下を向くだけ。
昔は前だけを向いていたのにと、また過去を重ねる。


「…あの人ってさ、今の、恋人、なの?」
「え?」
「キス、してた男。ごめん、見るつもりじゃなかったんだけど。」
「あっ…う、ん。一応。」
「そうなんだ…」


なんだろう。予想はついていたのに、なんだか心がずーんとなって、胸が締め付けられるような感じがして。
後に続く言葉が、見つからなくて。


「…」
「…」


また、静寂が。
正直もう、話したくない。どうでもよくなった。
早く、三十分経ってほしい。
そう思ってたのに、ゆいちゃんはそれを許してはくれなかった。


「…ゆいぽんは、」
「…」
「どうして、私をここに連れてきたの?」


まだ好きだから。言えるわけがない本心を押し返す。でも、それ以外の言い訳が見つからない。今度は私が下を向く。
今、こんな時でも私は、ゆいちゃんのことを可愛いって思ってしまって、他の人の彼女なのに、まだ愛おしいと思ってしまって。
透き通ったその目で見つめられると、全てを見透かされてしまいそうで、目を合わせられない。
別れたのも、こうなってしまってるのも、全部私のせいだ。
「好き」なんて言う資格、私にはないんだ。
だからだめなんだって。だめなんだよ、ねぇ…

お願いだから、出てこないでよ…


「…まだ、」
「まだ?」
「…」
「ゆいぽん。」
「まだ、好きだから。」


答えを言おうとゆいちゃんの目を見てしまったら、嘘なんてつけなくて。
私は言ってしまった。
ゆいちゃんは固まって動かない。あーもういっそ、どうにでもなれ。
それよりも、私はゆいちゃんの話が聞きたい。


「好きだからだよ。ゆいちゃんのこと、今も。」
「なん、で…意味、分かんないよ…」
「言葉通りの意味。」
「だって、だって…」
「別れを切り出したのは私。…だからでしょ。」
「っ、そうだよ。だってそうじゃん!」
「色々あって、ああいう決断になった。」
「意味わかんない!わかんないよ!」
「それは、しょうがないと、思うけど。」
「じゃあ、じゃああの時…ゆいぽんは私のこと」
「好きだったよ。嫌いになった日なんて、なかった。」
「っ!!」
「…ごめん。」
「なんで、なんでぇ…」

ゆいちゃんの涙を見るのも、あの日以来だ。
私はなんで好きな人のことをこんなにも悲しませてるんだろう。好きな人なら、幸せにしなきゃいけないのに。
そんな姿でさえも、好きだから。

「…ゆい、ちゃん…」
「ゆいぽん…!」

恨めしそうに私を見るその目は、始めてのもの。

体は、感情に素直だ。


私はゆいちゃんに近づいて、あの男のようにキスをした。


「…ゆ、い…」
「…ごめん、ごめん…でも、まだ好きなの…」
「…もう、戻れないよぉ…ゆいぽんの、せい、じゃん…」
「ごめん、ごめん…耐えきれなくて、あの男の、人なのに…」
「…もう、三十分、経った。帰ら、なきゃ…」
「…ゆいちゃん…」
「…」
「ゆいちゃ、ゆいちゃん!」
「…ごめん」


私だって好きなのに。

最後に口がそう開いたように見えたのは、気のせいですか?


もう戻れないあの日々を、ゆいちゃんとまた会ったことで鮮明にまた思い出していく。


壊したのは間違いなく私だ。


私のせいだ。



だけど、それでも…



私はまだ、君を想う。



君しか、想えないから。







END.
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