短編小説U

□カメラレンズのその先は
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「べり。この写真どうかな?」
「ふふ。愛佳の撮った写真は全部好きだよ?」
「はぁ…べりってさ、うちの撮った写真全部そう言うじゃん。ほんとにそう思ってんの?」
「ほんとだよ?」
「…」
「?」


カシャ


「あ、」
「はい、はてな顔のべり撮った〜」
「もう、愛佳いっつもそうやって勝手に撮る…」
「いいじゃん。へるもんじゃないし。」




渡辺梨加という人に出会ってから、私は彼女と仲良くなった。最初は、霞んだ世界で輝きを放つ彼女に慣れなくて上手く話すことが出来なかったけど、私が想像したのとは違ったおっとりとした性格に、私はいつのまにか心地よさを感じ、私の日課は、"公園で写真を撮ること"に、"彼女と会うこと"が付け加わることになった。



べりといると、新しいことをたくさん学べる。今まではカメラにしか興味がなかったから他のことなんてどうでもいいと思ってたけど、べりが「知ればもっといい写真が撮れる」って言うからしょうがなく話を聞いてあげると、確かに、前よりもいい写真が撮れた気がした。


たしか、天気の話だったかな。


そういえば、お父さんも…



あ、そうだ。



「べり!」
「ん?なーに?」
「これ、見て欲しい」



今日はべりに、これを見てもらいたかったんだった。



「…あるばむ?」
「うん。えっと、うちのお父さんのやつなんだ。べりだったらさ、どうやったらうちの写真、お父さんのやつに近づけるか分かるかな、って…」



お父さんの撮った写真のアルバムは今でも私が大切に保管している。ときどき、勉強するために見てみたりもする。
でもやっぱり、いくら撮ってもお父さんのやつとは何か違うくて、でも、いくら見ても私には分からなくて。だから、べりなら、べりならなんとなく分かるかなって思ったから。




「んん…わかんない、よ?」
「…だよなぁ…」



写真家じゃないんだから、分かるわけないよね。



「そろそろだね。」
「あ、ごめん。」
「ううん。愛佳の写真、好きだから、楽しかったよ?」
「ん…うん。ありがと…」
「ふふ。また明日。」
「うん。また明日…」




べりと会えるのはたったの30分。だけど、私にはたった一瞬に思える。


そう、まるで、シャッターチャンスと同じように。



べりがいなくなると急に周りが暗くなるような感じがする。
太陽は眩しいくらいに輝いていて、雲なんてない。
彼女はそう言っていたけれど、私には、雲に覆われたモノクロにしか見えなかった。










朝起きる。学校に行く。寝る。彼女に想いを馳せる。下校のチャイムが鳴り家に走る。荷物を置いてカメラを持つ。そしてまた公園に走る。
彼女に会う。
写真を撮る。
彼女と話す。
彼女と別れる。




こんな日々が流れる。おんなじことばっかりだけど、私にはそれで十分、幸せなものだった。

お父さんが生きていたときのように、私は、生き生きしていたんだと思う。

お父さんよりも好きな人なんていないと思ってたけど、彼女は、彼女のことは…


とても好きだ。









「…今日もいない…」



好きな人がいなくなる。


また、いなくなる。



ズキッ


胸がぎゅうっと締め付けられる。


1週間くらい前から、彼女は公園に来なくなった。私はなんでか連絡先を交換してなかったから、今彼女とは全く繋がることが出来ないわけで。ほんと、後悔してる。


でもそれよりも、お父さんがいなくなったときのことがフラッシュバックしてきて…


また、いなくなるの?


また、私を残して…


また、世界をモノクロにして…


また、私は後悔しちゃうの?





嫌だ。そんなの、絶対やだよ。



学校帰り、家に戻って、私はカメラを持たずにすぐまた家を出た。

彼女を探すため。





カメラがないと怖い。


でも走る。


人々の嫌な視線が気になる。


でも走る。


暗くて前が見えない。


でも走る。


感覚だけが、頼り。




もう走りたくない。そう思ったとき、目の前に、光が走った気がした。








「っはぁ…はぁ…」



光、なんてキザだなぁ…
結局、いつもの公園かよ。


感覚を頼りに辿り着いたのはいつもの公園。
彼女がいるところには行けなかった。
いつの間にか雨が降っているようで、肌に水っぽさと冷たさを感じる。




あーあ。また。また、何も出来ずに好きな人を失ってしまう。


雨じゃないものが、頬を流れる。




2人でいつも座っていた、でも今は雨で濡れてしまったベンチにドサっと1人座り込む。




「…暗すぎるよ…なんも、見えねぇじゃん…」



もう何もない。もうこれ以上なんも出来ない。
諦めて目を閉じる。



真っ暗になるはずの私の視界は、端の方から、輝きが差し込んで、思わず、目を開けてしまう。









「…愛佳っ、愛佳…!ごめん、ごめんね…!」
「…べ…べ、り?」
「ごめん…寒いよね?早く、帰らなきゃ…」
「べり、なの?ほんとにべり?」
「まなっ、カハッ!まな、か…私、だよ…」
「べり!べり、べり…!」


言いたいことがたくさんあるのに、その前に、私の意識は遠のいていった。








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