短編小説(その他)

□ビジネス不仲
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「来てくれてありがと〜」

握手会の真っ最中、ファンのみんなと目を合わせて手を握って感謝を伝えたりリクエストに応えたりしながらも、正直なところ、私の意識は完全に隣のレーンのあの子に向けられていた。
聞こえてくる好きな声に耳を済ましながら、その子のレーンから出てくるファンの反応を見て微妙な気持ちになる。
あーあ、これだから握手会って…

「こあみさんこんにちわ!」
「あっ、こんにちわっ」

って、本職忘れてどうするんだ私…仕事くらいちゃんとこなさいとね。
ファンの人に焦点を合わせてアイドルに戻る。

「さっきあやちゃんのところ行ってきたんですけど」
「え?ほんと?」
「はい!『こあみになにか一言ください!』って言ったら」


会いたくない、って。


「あの、やっぱり不仲なんですか?」


眉毛を下げながらも楽しそうな顔で尋ねた彼女に


「うん。大っ嫌いだよ」


そう言って、また楽しそうに感謝を告げた彼女を背中に私はあの子の元へ向かった。



__________



「あーや」
「うわっ。ちょっとこあみ、いきなり抱きつかないでよ」
「嬉しいくせに」
「うるさい。あとここみんないるから、気をつけて」


あの子を見つけて後ろから勢いに乗せて抱きついてみた。普段は別にそういうキャラじゃないし、確かに周りのみんなは驚いたかもしれない。でもその言葉とは裏腹に少し赤くなっている耳は素直な気持ちを露見させてる。


「…なに?」
「ん?」
「人のことそんなじっくり見ないでよ」
「別いいじゃん。見せるために着てきたんでしょ?」
「それはそうだけど」
「それとも、ファンのみんなには胸チラとかさせながら見せれても恋人の私にはじっくり見ることも許してくれない、とか?」
「は、別にしてないよ」
「嘘だねーそんなの、握手終わった人の反応見たら分かるじゃん」
「っ、それはそれじゃん…」


あやちゃんの服は見事に胸元が開き肩も出ている、ちょっと、いやかなり際どいワンピースだった。あやちゃんの言いたいことはわかる。これはファンを増やすための一手段であってやりたくてやってるわけじゃない、みたいなね?
でもさ


「っ!ちょっ、と。こあみっ」


だからって、私がそれを簡単に許すのとはわけが違ってくるでしょ?


「…っん。これでよし、っと」
「……ねぇ」
「ん?」
「めっちゃ、見えてるんだけど」


あやちゃんがすっごい怖い顔して、私が付けた痕を指さしながら睨んできた。あはは可愛いー、なんて言ったらまた怒った。
でもこれ、すっごいいい案だと思うんだよね。どうしても見せるんならさ、それなりのリスクを背負ってほしいなって思って。あやちゃんの手を引いて周りからは見えずらくなった場所に連れていき、その胸元に私の印を付けてあげた。そこは服をあげても絶対に隠れないところで、まあ要するに、あやちゃんにとってはすごーい嫌なことで


「なんでこんなことするかなあ〜」
「そっちが悪い」
「そんなわけないじゃん!はぁ、怪しまれたらどうするのさもう…」


頭を抱えて渋い顔して、ほんとに、可愛いなぁ。
だってさ、あやちゃんほんとに素直すぎだよ。



口角、上がっちゃってるよ?




「ねぇあやちゃーん」
「なに。」
「私に"会いたくなかった"んでしょ?」
「ふえ?」
「ふふ、多分その返事、次聞けるかもねー」
「あっ、あの子こあみのとこに…!」







ビジネス不仲の恋人の約束
〈思ったことと反対のことを言う〉






end



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