secret

□はちみついろ。
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「兄者...。」


時計の針が、深夜25時を回ったある夜のこと。
弟者の部屋で寝ていたはずの猫が、兄者の部屋にやって来た。
きちんとノックをしてから入ってきた猫に、兄者は、


「おぉーどうした。眠れないのか?」


と、優しく声をかけてやる。
それまでベッドの上で寝そべりながらノートパソコンを広げ、
リズムよくキーボードをタイピングしていた。
その指を止めるとそのままパソコンを閉じ、
よいしょ、と横に備えられたサイドテーブルにどかす。

今夜は、同室の弟者、そしておついちが仕事で不在。
夕御飯から二人が家を出て、帰りは朝になるという。
平たく言えば、今夜は兄者と猫の二人きりであった。


二人きり、とはいえ兄者は特にその事を特別意識はしておらず
二人がいなくともいつも通りに過ごしていた。
普段通り夕御飯後の酒を楽しみ、普段通り風呂に入り、普段通り寝室に行く。

猫もまた、普段通りだったとは思う。


ただ1つ、親鳥を追うひよこのようにくっついていたのを除けば。


きっと、弟者おついちがいない寂しさからだろう。
夜の仕事の大半は兄者が担当することになっているため、
夜に二人きりになるのは比較的珍しいケースなのだ。
夜中にきた理由もきっとそれが原因であろうと思い、
兄者は自分のベッドに招く。


「弟者がいないから落ち着かないか?」

「...。」

「まぁ、ゆっくりしてけよ。俺じゃあ、不足だろう、が...?」

「.........。」

「...猫?」



ベッドに招かれた猫は、ゆっくりとした足取りで兄者に近付くと、
片膝を乗せたベッドのスプリングがキシ、と音を鳴らせる。
手をつき、身を乗り出した体勢になった猫は兄者の首もとに顔を擦り寄せる。
ごろごろと喉を鳴らして甘えるように。


「なんだよ、くすぐったいわ...。」


兄者はそんな猫の行動に、少し身じろぎながらも優しく応えていた。
頭に手を置き、ポンポンと撫でている。

だが、それは途端に止まった。



耳元で、熱く濡れた声で名前を呼んだからだ。



「兄者...」



鈴の音のような猫の声に、兄者はハッ、とする。
この時初めて猫の顔をまともに見てみると、やはり"そう"だった。
紫に輝く宝石の瞳が水を含んで妖しく光り、
頬は赤く紅潮していた。
頭を撫でていた時に気付けばよかった。体も熱を持ったようにあつくなっている。


「兄者、おねがい...。からだ、へんなの...。」

「お、おい...ちょ、待て、ダメだ...!」


兄者の制止の声も届かず、耳を舐められる。
子猫がミルクを飲むように、ピチャピチャと音を立てて。
耳輪をなぶるようにツゥ、と這われ、耳朶を甘噛みされる。
時おり猫の甘い息づかいが聞こえた。
ぞくり、背中が粟立つ感覚が兄者を襲う。


「お前...っダメだっつってんだろ...!」


兄者が、それまでうつ伏せにしていた体を起こす。
ベッドに座る形になり、案の定腹の上に猫が乗ってきた。
これは完全にスイッチ入っている証拠だと思い、
その体を離そうと脇の下に手を入れると、突然猫が体を大きく跳ねさせた。


「っ、ふっ...ん!」

「あ?」


手を入れただけだぞ...?と兄者が手元を見ると、
親指が猫の胸の突起を掠めたみたいだった...。
しまった。と猫の顔を見た兄者は、ぞく、と背中から腰の方に掛けて電流が走る。


小さな体は正体不明の欲情に震え、
涙を含んだ瞳は、ベッド横のライトの光を反射し妖しく光り、
咄嗟に出てしまった声を恥ずかしむように、指で口元を押さえている。

なんともその姿が煽情的で、兄者は無意識に喉を鳴らした。

この時、理性なんかとうになくなったのかもしれない。
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