藍の夜と繭

□藍色の空と瞳
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「弟者君、ちょっと太った?」


9月。まだ夏の暑さがじめじめと残る季節の、ある晩のこと。
夕飯を食べ終えてリビングのテレビでゲームに夢中になっている俺に、
おついちさんがなんの前触れもなく言ってきた。
突然のことだったので、


「はぇー?」


なんて間の抜けた返事を返す。
正直何て言ったのかもあんまりよく頭に入ってきていなかった。
今は自分のキャラクターが画面のなかでスタイリッシュに敵を薙ぎ倒していく姿に夢中だ。
洗い物を終えてリビングに移動したおついちさんが、
ゲームに夢中な俺の姿を一瞥しては、少々苦い溜め息を洩らしたのが聞こえる。
なんだよー。


「...まぁ、お前、確かに去年より肉ついたんじゃね?」


今度は後ろのソファに座ってる兄者の声。
リビングのカーペットに胡座かいて座ってる俺に向かって半ば嘲笑気味だ。
切れ長のシャープな瞳でじろりと体を見られてる気がする。
俺が女だったら「やだぁ目がエロい〜」て言えるんだが俺が言ったらただの変態だ。

というか、さっきからなんだいなんだい。
誰がデブだって?失礼じゃないか。全く。


「なんかお腹とか足あたりの服の余裕少ない気がする。」

「肉付きいいのは綺麗なたわわのおねえさんしか俺は喜ばねーぞ。」

「ちょっ!ちょっともう、なにぃ!?」


さっきから外からやんややんやと!
もう!聞き捨てならない!
俺は操作していたゲームのメニュー画面にしてぐるんと後ろを振り返る。
そこにはにやにやな眼差しと冷やかな眼差しをこちらに向ける二人がいた。


「お前さ、二十歳半ば過ぎるとマジで落ちねーぞ。脂肪。」

「脂肪...。」

「弟者君、このままだと太るよ。デブに。」

「デブに...。」


無慈悲に頭に突きつけられていく二人の言葉。
ちらりと自分の腹を見ると、そこにはスエットのゴム部分に乗る、自身の腹の肉...。
今までそんなこと気にしたことなかったのに。
ふと脳内を過る、ある街中に溢れるあるゴースト退治の映画に出てくる、
巨大な、あのマシュマロくんのような姿になっている自身の姿...。
それに俺は意識が遠くなっていくような感覚になるのを、
醒ますようにぶるぶると顔を横に振り切った。


「これは...やばいね?」


これは本気でヤバイかもしれない。
俺は何か悟ったような気がした。
言いたいことが伝わってホッとした表情になった二人が、


「うんうん。ご飯美味しく食べてくれてて僕は嬉しいんだけどね。
健康でなきゃそうはいかないからさ。」

「もう若くないしなぁ。あ、走ったりしたらどうだ?」

「走りに?」


兄者の提案に、兄者の隣に腰を下ろしたおついちさんが「お、それいいね」とうんうんと頷いた。
俺は運動が出来ないわけではない。
昔プール教室に通っていたくらいだし。
だが確かに、ここのところずっと体を動かしていない気がする。


いっちょひとっ走りいってみるか。


そうと決まれば、先程まで脳内にいた丸いボディのマシュマロ弟者が、
転がりながら消えていくのが見えた、ような気がした。
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