Short

□お味噌汁
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「どう?グルさん...。」


時刻は夜の7時半頃。
恐る恐る聞く私の前では黙々とおかずに箸を付けて口に運ぶ恋人の姿。
現在同棲という形で一緒に暮らしている私は、恋人よりも先に仕事から帰宅するため
時間があるときは自ら進んで料理をすることにしている、ん...だけど...。


「...味がしないな...。」

「っかぁー...なんでだぁ...っ」


私の視線と気迫に負けたのか、黙って咀嚼していた恋人の口が開いてそう短く答えた。
その言葉に、がっくりと首から頭を机に向かって項垂れる。


「おかしいなぁ。味見したときはちゃんとそれっぽい味したのに...。」


私も恋人に続いておかずの回鍋肉に手を伸ばし、口に頬張る。うん、味がしない。
何故か私が作る料理は味がしない。
見た目やにおいは、まさしくそれなのだが、いざ食べてみると食感だけでまるで無味。
器に盛ったときにフライパンに残ったソースやらと一緒に、味まで置いてきてしまったのだろうか。
それが毎回なのだから、至極不思議なものである。


「...まぁ、そんなに落ち込むことではないと思うゾ。」


恋人のグルさんが気を遣っている。これも至極珍しい。
チラリと視線だけ向けると、なんとも涼しい表情で咀嚼を続けていた。
パクパクと回鍋肉以外に作ったエビマヨも食べてくれている。そっちも味しないんだよぁ...。

グルさんは優しい。
調子に乗るから自分も彼のことを数える程度しか褒めたりしないが、
毎回味のしない料理を出す私に対して、一回も文句を言ったことがないのだ。
今だって、私が熱烈に感想を求めたりしなければ何も言わなかった。


「グルさんはなんとも思わんのかいな。」

「む。」


私の問いかけに、回鍋肉のピーマンと豚肉をちょうど口に入れた恋人は目をぱちくり。
赤い瞳がチラリと光を反射して綺麗だなんて。


「なんだ、感想を言った方がよかったのか?」

「えーと、いやぁ。そうじゃなくてだね。」

「...なにを考えてるか知らんがそんなものいらぬ心配だ。
せっかくお前がつくってくれたんだからな。」


言い終わると同時に、ふいっ、とまた下を向いて食べ始める恋人の言葉に、
じわじわと恥ずかしさが込み上がる。
これは遠回しに私の考えていることを汲んだ上で褒めてくれたのだ。


"料理ができるあなたと違って私は美味しく作れなくてごめんなさい..."


と私は毎度思っていたのだ。
恋人は私と同じく一人暮らし歴が長いのだが料理ができる。
冷蔵庫にある食材で簡単に美味しいごはんがつくれるくらいなのだ。

当の私は一人暮らししてから全てコンビニ弁当やカップ麺。
ふ、自分でこの差に泣けてくるぜ...。

それを私の表情や声色で感じ取ったのだろう。
端的に発言する彼の言葉には冷たさが表立つが、
それと同時に照れや嬉しさ、また少しの気遣いも含まれていたりする。
分かりづらいと思うが、ようやくそのツンデレにも慣れてきた気がする。

にやける口元をゆるゆると締めながら、ありがと。と短くお礼を言った。

気付けば大皿に盛ったおかずたちは、残り少ない。
お互い最後の一口を頬張り、もぐもぐ。
キャベツやピーマンが未だにしゃきしゃきと良い音を立てているのが腑に落ちない。
これに味があったなら...。

絶対に美味しいのに、くそぅ。


「...あぁ、でも。」

「ん?」


不意に、恋人が思い出したかのように口を開いた。
ぱっ、とそちらを見ると、ちょうど味噌汁を一口飲んだ後だった。
スクエアのレンズの下、目元が柔らかく伏し目になっている。


「お前の味噌汁は、いつも美味しい。好きだ。」


と、口元を綻ばせながら私にまっすぐに言った。
先程の恥ずかしさからのじわじわとしたものと比ではない、
大きな衝撃が私の心臓にゴングを鳴らす。

顔に熱が集中していくのが分かる。熱い。


ど、どうして恥ずかしげもなく言うかなぁ...!


す、と綺麗な所作で味噌汁を飲み干す恋人に、はくはくと口が開いたり閉じたり。
なにか言わなきゃと口に脳が訴えているが、言葉の激流で整理が出来ない。
そんな私を見て、彼がおかしそうに笑い掛けた。


「ふはは、まるで鯉だな。」


「あ、あの...あの、グルさん...!」


「ふ、ふふ。ん?なんだ。」


「...こ、これからも、毎日美味しいお味噌汁、作るからね...?」


やっとの思いでそれだけ伝えられたと思ったら、
次は私の恋人が鯉になる、という事例が起きたのはまた別の話し。


「お、お前...それ、どういう意味か分かってて言っとんのか...!?」






end

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