スギさんと望君

□いらっしゃい
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『…スギさんの家、行きたいな…。ええ?』


揺れる電車の中で、望君の言葉が頭を占領する。
電車内の俺たち2人は、俺の最寄駅に降りるまで始終無言だった。
気まずい、というか何を話題にして喋ればいいか、
経験の少ない俺には未知の世界だったから。


"……○○駅、○○駅…お出口は左側……"


最寄駅の到着を知らせるアナウンス。
それを聞いてまた更に心臓の鼓動が速くなる気がした。

「あ、ここ、です。」

緊張のあまり、何故か口をついて出た敬語。
これから殺されるわけでは無いのに、このくらいで動揺する自分が情けない…。
とほほ…と内心泣きながら改札を出る。

観光地に向かう路線も含まれた大きな駅だから、
この時間にも人はごった返す。
後ろを振り返ってみると望君がその人波を抜けるのに悪戦苦闘していたから
慌ててその人波を掻き分けて比較的落ち着いた端の方へ引っ張っていく。

「……サンキュ…。」
「ううん、こっち。歩いていける距離だけど、いい?」
「うん。………はよ2人きりになりたい。」
「…………。」

小さく囁かれた後半の言葉。
他の人にも聞かれてはいないか周りを見回してみたけど、
どうやらその心配は要らなかったようだ。

掴んだ望君の腕を離そうと緩めると、
俺の手を上から望君の大きな手のひらで包まれ、

「頼むから、引っ張っていてええから、…お願い。」

"離さんといて"と水分を含んだ瞳で懇願されて俺はそのまま腕を掴んだまま。
2人して街の中を引っ張るようにして歩く。

掴んだ手が熱いのは俺自身の熱なのか、
それとも望君の熱さなのか、
どちらか分からない熱さが俺の身体をジリジリと燃やす。
早くこの熱を冷ましたくて、足早に自宅への道を2人で歩いた。

もしかして、俺も期待しているのだろうか。
望君に、抱かれる…俺の部屋で…。
そんな一抹の劣情を口にしないまま、自宅のマンションへ。
エレベーターへと乗り込んで、目的階のボタンと閉まるボタンを押す。

乗り込む人は俺達2人だけ。
エレベーターが閉まり切った音で、理性が切れた音がした。

「っ、ん、んぅっ、」
「スギさ、…は、スギさんっ…!」

壁際に追いやられ、探るように指を絡めると両手を壁に縫い付けられる。
噛み付くような口付けに、唇が溶けて落ちてしまいそうだった。

「ずっと、ずっと愛したかった…こうやって…!」
「望君っ、待って、ここじゃ!ぁっ、ダメっ!」
「俺がっ、どんだけ待ったと思てんねん…!」
「わかった、わかってるからっ!待ってっ」

口付けだけじゃなく、熱い手がカットソーの中にまで触れてきたから咄嗟に肩を押した。
2人の唇を繋ぐ銀色の糸がツゥ…と伸びては切れる。
そこでタイミング良く目的の階へ着いたドアが開いた。

「………。」

恨めしそうに、開いたドアを横目で見やると

「…ふぅ…。」

と短く息を吐き出した。
一度冷静さを取り戻した望君を再度連れ、部屋の鍵を開ける。
ズズズ、と鈍く、押し広げるかのように差し込まれていく自分の鍵に、
どこか意味を含んだエロティックな妄想が頭をよぎった。

「あ、あんまり…綺麗じゃないんだけど…。」
「ええよ、そんなん。気にせんし。」

その妄想を頭の中で払い除け、はぐらかす俺の言葉を被せる望君は
どうにも興奮して止まらないようだ。
口調も神経が立ったかのように強く、早口だ。

いつも開けているはずの扉が心なしか重たい。

これから、抱かれるんだ…望君に…。

扉が、部屋に入った俺達を外と遮断するかのように音を立てて閉まった。
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