短編恋愛モノ(ネオアトラス3)

□置き去りにした情熱
1ページ/3ページ

 静かな海が、船をゆっくりと道の彼方へと運んでいく。何も変わらないが、海の男にとってはなくてはならない日常の証だ。
 ラグナールは海賊にして、その頭。このヨーロッパ一帯を縄張りに持つ小悪党だ。しかし今彼の船は動いていない。
「船長、マストを補修しねぇとなんともなりませんぜ」
海賊船なのにマストに大きな穴が空いており、非常に不格好である。ラグナールは無様なマストを見上げながら額をかいた。ただ、補修をしようにも今日は既に陽が落ちそうだったため、明日に回してしまおうと思い、彼は乗組員たちに自由解散を言い渡した。
 
 ラグナールが相方の水夫長たちを引き連れてむかったのは、ロハスの酒場。ここの主人はかの有名なリスボン商会の元提督だったのだが、諸事情で辞めてしまい、今は好きな酒に酔いながら客に酒を振舞っている。
 彼はまず水夫長を無理矢理先に店に入らせて、レオン・ディアスが居ないかどうか確認をさせた。水夫長が不思議そうに彼に尋ねる。
「船長、なんであんな若造にビビってんですか?」
「減らず口叩いてねぇでちゃんと見ろって!俺はアイツに危うくムショに放り込まれそうになったんだからな!そりゃあビビるだろ…」
「あ、ゴメスの旦那の1件ですかい?」
ラグナールはレオンの姿を思い出しただけで背筋が寒くなった。そもそも彼がゴメス提督に濡れ衣を着せたのが悪いのだが、証拠をラスパルマスでレオンに見つけられ、そのままボコボコに殴られた後、役所に突き出された事があったのだ。それ以来、あの商会には近づかないようにしていた。───1人の人物は抜きにして。
「────あら、ラグナールじゃない」
奥のカウンターで、ロハスと談笑しているどこか可愛げが拭いきれない金髪の女性がラグナールを見つけて笑いかけてきた。この酒場には相応しくない雰囲気の女性。彼女がラグナールにとっての例外であるイサベル・シルヴァ、つまりリスボン商会の会長だ。
「へ、へへ…………ど、ドウモ……会長の旦那……ソ、ソレデハワタクシコレデシツレイイタシマス…」
「うふふ、変な喋り方してないで横に座りなさい。」
「……へ!?」
ラグナールは気恥ずかしさからそのまま立ち去ろうと思ったのだが、イサベルのほうが言い出したため、そのままカウンターに着くしかほか無かった。そんな船長のたどたどしい様子を見ていた水夫たちは笑いをこらえ切れず、後ろの方で爆笑していた。
「…………で、どうしたの?今日は。」
「え、ええと、マストに穴が開きまして…」
「あら、それは大変。きっと日頃のバチが当たったのね!」
無邪気な笑顔でそんな心に刺さることを言われると彼はもう言い返すなど出来るはずがなかった。仕方がなく、彼は話題を変えた。
「そういえば会長さん、あんたインドに到達したらしいな!いやーワタクシもその御裾分け、預かりたいですなぁ」
半分は本心だった。彼女の商会についていれば、当面は大丈夫と言われている程に勢いがある。しかし、相手は今をときめくやり手の女会長。そんな言葉に反応をいちいち返すことはしなかった。
「………またムショに放り込まれてみる?」
会長は、我ながら結構な凄みがきいていると感心した。
「け、けっこうでございます………」
ラグナールの下心を看破したのを見計らって、彼女は本題を切り出した。
「そんなことより私、あなたが見てきた世界のことを知りたい。他のどんな提督よりも、あなたの方が詳しいと思って」
この言葉を聞いて、彼は大きなため息をつきそうになった。
───やれやれ、また俺じゃなくて、世界の話か…………
 そう思ったが、渋々と彼は今まで見てきたものを多少の誇張を含めて精一杯説明した。それを彼の瞳に食い入るように聞くイサベルの瞳は、とても輝いていた。それは、彼がどう頑張っても手に入れることの出来ない宝だった。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ