ナイルの雫
□−序−
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ヒッタイト帝国の宮殿に、とても元気な…少しばかり元気過ぎるくらいの産声が響いた。
「とても元気な皇子さまですわ、皇妃さま」
産まれたばかりの皇子を抱いた若い女が満面の笑みで産婦−−皇妃に告げる。
「そう…男の子……」
皇妃は消え入りそうな声で呟いた。
「皇妃さま…?」
皇妃のか細い声に女ははっとした。
やはり、この病弱な皇妃にお産は負担が大きすぎたのか。
「シアラ」
シアラ、と呼ばれたその若い女は皇妃の声に顔を上げた。
彼女を呼ぶ皇妃の声は相変わらずか細いが、先程のそれよりはしっかりしている。
「たぶん私、もうすぐ死ぬわ」
皇妃はぽつりと言った。
「お…皇妃さま、何ということを!
いくら難産だったからって」
シアラの慌てた声には応えず、皇妃は続けた。
「私が亡国の王女だということは知ってるわよね?
つまり、私が死んだらこの子を後見してくれる人は誰もいないってこと。
後ろ盾がない皇子なんて、いつ何時暗殺されるか……」
だから、と皇妃は言った。
「この子は皇子ではありません。…皇女です
…女の子だったら、醜い政権争いに巻き込まれたりしないもの」
皇妃の尋常ではない言葉に、シアラは必死に反論の言葉を探した。
だが。
「分かりました」
シアラは言った。
何を馬鹿なことを、と言いたかった。
だが、皇妃の命の灯が消えかかっていることを否定できなかった。
「皇子さま…いえ、皇女さまは、私が必ずお守りいたします」
涙を堪えてシアラは皇妃に約束した。
その言葉を聞くと、皇妃は安心したように瞳を閉じた。