ナイルの雫
□第1章
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「あちー…輿しんどいー……」
砂漠を行く花嫁行列の主は、その華やかな輿の中で呟いた。
「ア……アイリさま、皆に聞こえますわ」
その横を馬に乗って伴をしているテオは小声で主を諌めた。
彼女は花嫁−−アイリの乳兄妹である。
それにしても、と語調を改めてアイリは言う。
「……どうしよう?」
その言葉を聞いて、テオもため息をつく。
「ホント、どうしましょう?」
アイリはヒッタイト帝国の第一皇女である。
彼女はこの度、故国と肩を並べる大国、エジプトのジェセルカラー王に嫁ぐことになった。
両国の同盟のためだ。
だが。
「もし俺がエジプトになんか行けば、同盟どころか戦争になっちまう」
アイリは眉をしかめた。
そして、俯く。
その拍子に、アイリの柔らかい茶色の髪が頬にかかる。
その髪の艶やかさといい、肌のすべらかさといい。
また、長い睫毛に縁取られた瞳は世にも珍しい紫色だ。
そして、すっと通った細い鼻梁の下には薄く形の良い唇がある。
アイリは故国ヒッタイトでも帝国一と謳われた美貌の皇女だ。
ただ、その美貌の皇女は……実は皇女ではないのだ。
「だってさ」
アイリは言う。
その声は、かすれているし女にしては低いのだが、しかしギリギリ女で通るだろう。
だが。
アイリはけろっと言った。
「俺、男だし」