ナイルの雫
□第3章
1ページ/16ページ
「すげぇ……」
朝起きてすぐ、窓の外を見たアイリは思わず呟いた。
辺り一面が、水に浸かっている。
昨日までは確かに陸地があったのに。
昨日までは確かに地平線から顔を覗かせていた太陽が、今日は水平線からお出ましだ。
今昇ってきたばかりの太陽が放つ光が、水面に反射してキラキラしている。
朝らしい柔らかい眩しさに、アイリは僅かに目を細めた。
が、その紫の瞳はすぐに見開かれることになる。
突如、肩にずっしりとした重みを感じたからである。
「ちょっ……何だよ」
やや不機嫌な声でそう言っても、重みは一向になくならない。
「よかったー……」
アイリに寄り掛かっている重い物体は、本当に嬉しそうな口調でそう呟いた。
アイリは外から視線を外し、その物体に目を向けた。
物体は、ジェセルだった。
どうも今日はアイリの手を煩わせることなく一人で起きたらしい。
感心なことだ。
「で? よかったって何が」
アイリが聞くと、ジェセルは心底嬉しそうな様子で話し始めた。
「ほら、エジプトはナイルの賜物だから」
だから今年もちゃんとナイル川が増水してよかった、とジェセルは言った。
その言葉にアイリも、ああ、と微笑んだ。
ナイル川は毎年、決まった時期に氾濫する。
その増水した水が、上流から肥沃な土を運んできてくれ、今年も豊かな実りが約束されるのだ。