ナイルの雫
□第5章
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「……不味い」
パンを一口齧るなり、アイリは呟いた。
高い声を作ることもせず、地声のまま放たれた主人の言葉に、メイがぴくりと反応する。
「そうですか?
もちもちしていて、結構美味だと思いますが」
言いながら、メイはもぐもぐとパンを頬張っている。
「……あのな」
そういう問題じゃない、とアイリは苦虫を噛み潰したような顔で言う。
この状況で、とアイリは声を震わせる。
そして腰掛けていた長椅子から立ち上がり、声を荒げて叫ぶ。
「この状況で、どーやったら暢気にパンの味なんか感じてられるっていうんだ!
おまえの頭の中は一体どうなってるんだ、え?!
一回かち割って中を見てみてぇよ!」
アイリの怒号に、メイは2、3歩後ずさった。
「えーと、確かに私、暢気とか度胸が据わってるとか、もはや尊敬に値するとかよく言われますけど……」
言いながら、メイは部屋を見渡す。
先程までアイリが腰掛けていた長椅子は、一国の王妃が使うにふさわしい高級品であり、他の調度品も同様だ。
部屋の所々には色とりどりの花が飾られている。
国賓が滞在するにこの上もなくふさわしい部屋である。
……外側から鍵が掛かっていること、それに窓が極端に小さいことを除いては。
メイはその小さな窓から外を眺める。
が、あまりよく見えない。
小さすぎる上に、その窓にはご丁寧にも鉄格子までが設置されているからだ。
少し落ち着きを取り戻したアイリも、窓のほうへと近付く。
そして窓の桟に手をかけ、自分よりも幾分背の低いメイの頭越しに外を見やる。
尤も、よく見えないのだが。
そして、呟く。
「一ヶ月、か……」