ナイルの雫

□第6章
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しかし、アイリが涙をこぼすことはなかった。

束の間喜びで満たされた牢に、招かれざる客がやってきたからだ。

「あら、見慣れない人がいるわね」
涼しげな声で、客……シェンナ皇妃が言う。
その口許には、笑みすら浮かんでいる。

そして彼女は後ろに、大勢の兵士を従えていた。
大勢の屈強な男達は、たおやかな彼女にはどうも不似合いだ。

「あなた、その肌の色はエジプト人ね。
 一体何をしにいらしたのかしら?」
シェンナがキアンを指して言う。

「その言葉、そっくりそのまま返すぜ、皇妃。
 娘の部屋へこんなにたくさん男つれてくるとは穏やかじゃねぇな」
キアンはそう言ってにやりと笑った。

シェンナがアイリに目を向けた。
「長い間、こんなところに閉じ込めてごめんなさいね。
 でもそれも今日で終わりよ。
 あなたには、ここで死んでもらうわ。
 ……大丈夫。もうあなたの夫にはあなたは急病で死んだと伝えてあるから」

それと、と彼女は目をキアンに戻す。
「随分と派手に門番をやってくれたようね。
 お礼はさせてもらうわ」

シェンナがずっと口許に浮かべていた笑みを消した。

それが、合図だった。

ヒッタイトの兵士が一斉に武器を構える。
隙のない、よく訓練された動きだった。

「……来るぞ」
キアンが剣を抜いた。

アイリは心配げな表情でメイを振り返った。
「大丈夫です、王妃さま。
 私もこう見えてもこの人の妹……武門の家の娘ですから」
自分の身くらいなら守れますわ、とアイリを安心させるように、メイが微笑む。

三人は背中を合わせ、互いに死角を埋め合うような陣形をとった。
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