ナイルの雫

□終章
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セヌウは扉のほうを振り返った。

「誰かいるのか?」

セヌウの声に応えて扉が開き、エジプト人には珍しい長髪の男が姿を現した。
セヌウは目を見開き、思わず椅子から立ち上がる。

「キアン殿、よくぞご無事で……!」

目の前にいるのは、王とともに密かにヒッタイトへ発ったキアン将軍だった。
キアンはセヌウにニッと歯を見せて笑ってみせ、自分の斜め後ろを指し示す。
「ちゃんとこいつもいるぜ」

キアンの後ろからジェセルが現れた。
彼はゆっくりとセヌウに歩み寄り、柔らかく微笑む。
「今戻った。いろいろと迷惑をかけて済まなかったな」

セヌウは静かに首を横に振った。
「いいえ、ご無事で何より。
 ……して、王妃さまは?」

問うても良いものかと躊躇いがちなセヌウの口調に反して、返ってきたのは二人の明るい声だった。

「生きてた。途中で一旦別れたけど、明日か明後日にはいかにも王妃のご帰還って感じで華々しくテーベへ帰ってくるはずだ」

ジェセルのその言葉に、セヌウは今度こそ心底ほっとした表情を見せた。

「さて」
ジェセルが言った。

「俺がいなかった間の、国政についての報告を聞くか」
嫌だけど、とため息混じりに彼は言う。

若きファラオの、年相応のその様子にセヌウはニヤリと意地悪げに笑った。
「はい。陛下の裁可を仰がねばならぬ事項は山ほどございます」

そう言ってやると、ジェセルはえぇー、とげんなりと肩を落とした。
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