政府の狐始めるってさ

□ろくじゅーさんわ
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薬研side



あの黒丸を出てからの流れは何となく解った。俺達もこれまでに何度もあの人形が術をかけたり、解いたりとしたところを目にしてきているのでそれに関しては今更驚くようなことでもない。

恐らく本人としては、自分が不在の間の代役を立てた程度の意識に過ぎないんだろうが、それについても俺らの中で深くツッこむことをした奴はいなかった。



ただ、な…?

大将どころか柚琉の旦那、水楓の嬢ちゃん達でさえ知らなかったらしいが、役人を取り纏める最高司令官が当主の旦那だったことには少なからず驚いた。だが、それ以上に驚いたのは言わずもがな、大将が旦那に宛てた文にかけた呪いだ。



資料館で見つけたファイルの中にもあったそれは、元を正せば恋呪いなんかに使われる様なものであったらしい。年若い町娘たちの間で流行る様なお手軽に出来ちまうそれは、とある大名の娘が術者にそれを行わせたことで話が大きく変わった。


何の力も持たぬ人間がやったところでただの真似事…。お遊びに過ぎないのは解りきったことだが、それを才ある術者が行えばどうなるか…。

結果からいえば、効き過ぎちまったんだ。人を惑わせる幻覚作用と自身の欲望のままに動かそうとした願掛け。それらが齎した効果は人としてその後を生きることすら出来なくさせちまうようなものだった。

運良く文を宛てた相手がその術を知る旦那だったから、自身でそれに対抗することが出来たものの、万が一にでも他の奴がそれを開けていたらどうするつもりだったのだろうか…。


俺が説教をしながら大将にそれを解呪させつつ、独学かはたまたあのお師匠さんが教えたものかと検討をつけながら気になったそれを尋ねてみれば、驚きの答えが返ってきた。



“これはねぇ、あっちにいるご当主さんに教えてもらったんだよ?”

ちっちゃい時にだけどね…と何とも思ってないとでも言いたげに明かした大将も大将だが、布で仕切られた先にいるあの旦那も一体何を考えているのやら…。


もうこれは血筋の問題なのかと考えることを放棄した頃にまた新たな問題が浮上した。


何を思い出したのか知らないが、既に酷使しすぎてまともに動くことすら出来ない身体であるにも関わらず、部屋を出ていこうとしたのが解り、乱達に手伝わせながら抵抗する彼女を半ば取り押さえる様にして布団に押し止めた俺達は彼女の願いを聞く為にそれぞれが一度腰を落ち着ける。



どうやら大将が先程気を失っていた最中にその魂だけでも呼び込もうとした奴がいたらしい。

本人は事の重大さを解っちゃいない様だが、敢えてそれには触れず話の続きを促してやれば、さらにそこへ別の第三者が介入してこちらに連れ戻してくれた様だ。これに関してはそいつへ感謝してもしきれないだろう…。


此処まで話を聞けば大将が望むことが理解出来たので見つかる保証はないものの、探してきてやるからと言えば今度こそ抵抗をやめて俺を大きく開いた瞳で見つめてきた。


(まだダメか……)


その一言で大将が喜んでくれていることは周りにそよそよと流れる穏やかな風で手に取るように解る。だが、此方を見上げた瞳にいつもの暖かな色味が視えることはない。黒丸で一番最初に見つけ出した時と比べればよく表情が動き、本丸から駆けつけてきた男士達の姿を認めた頃から表情だけでいえば普段のそれに…。纏う雰囲気も向こうにいた頃よりも大分柔らかくなった。


それなのに唯一…。その瞳の中にある陰りだけは消えちゃくれない。何がそうさせているのか解らなければ、況してやそれを元に戻す方法等未だ思いつくこともなく…。考えても解らないならばとそれを今考えることを止め、大将が求めるそいつの情報を聞き出したんだが……。



大将が余りにも他の男を褒めるモンだからほんの僅かに懲らしめてやった結果、見事その思考の中を占拠してやることが出来たものの……。


「薬研、やりすぎ。これじゃ話進まないじゃん…」


せっかく探す手間が省けたってのに…と部屋の入り口を指さした大和守の旦那が指摘してくるので、軽く謝りつつ入っていいのかと悩んでいるそいつを手招きしてやれば嫌でも解る。その刀に宿る霊力が誰のものであるのか、と……。



「乱、念の為聞いておくが大将が鍛刀部屋に最後に入ったのは…?」

「えっと夏前に行ったのが最後かな…?ほら、主さんの針作った時…」



今来ている部隊の奴らの中で俺を除き大将と過ごす時間が長い乱に尋ねるが返ってくるのは予想通りの答え。大将はいち兄の顕現以降…、つまり本丸襲撃の前にあの部屋に入ることがパタリと止み、それから半年程経った頃自身の扱う武器の生成の為に数回入っただけだ。


例の如く結界に閉じ篭ってそこに行かれちゃ解らんが、少なくとも大太刀を作り上げるのにかかる時間内に誰にも見つからずそれを行うのはあの頃の大将には難しいだろう。何せ、暑さで弱っていた頃のことだからな…。厨の熱気にさえ耐えられなかった彼女が鍛刀する際のそれに根を上げない訳が無い。


ということはまたしても俺達の預かり知らぬところでやらかしたのだと考えた方がまだしっくりくる。俺以外の奴も同じ考えに行き着いた様で、溜息やら乾いた笑いやらと反応は様々であるものの大将へと同情の色を滲ませた視線を向けることだけは皆共通していた。


何故かって…?そんなモン簡単だ。つい先程終えたばかりではあるが、大将を叱ってやらねばならないんだからな…。

そもそもの話大将は自分でコイツを顕現したことを解ってるのだろうか…?先程の話を聞いた限りじゃ刀種すら間違っていたが…。


(こりゃ、一から説明するしかねぇか…)


俺はこの後の説教が長引くだろうことを予想して呆れの混じった感情を落ち着ける為にも一度、深く息を吐き出すのだった。




薬研side end.
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