政府の狐始めるってさ

□ななじゅーわ
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薬研side



柚琉の旦那の言う八つの時間までは後30分も無いので、暫く作業に没頭している大将を眺めつつ、間もなく終わるだろうってところで空になっていた湯呑に淹れ方を教わったばかりの機械を使ってかふぇおれって奴を淹れて戻れば……


言われた通り三時きっかり。それも、時計の長針が12を指すと同時に唐突に集中力が切れた大将に何と言えばいいのやら…。

持っていた湯呑を机に置き、休憩をと言いながら出してもらた手の上に貰った袋を乗せた。


不思議そうに首を傾げつつ俺と手の上に乗ったそれを何度か見比べては中に入った菓子が見えているからか、五虎退の虎が待てをさせられている時の様だと思いながらも柚琉の旦那からだと教えれば納得がいったらしい。…そこまでは良かったんだが……




「た、大将?なんだ、その山は……」

「うん?私の燃料…?

何か毎回来るたびに誰かしらががくれるから増える一方なんだよねぇ、嬉しいことに…w」




俺が言葉を失くすも、口端を引き攣らせながら尋ねるのには理由がある。


大将が使っている机は全部で引き出しが4つある。腹の前にある浅い引き出しとその右隣に文具なんかがごちゃまぜになってて、その下に深めの2段。上の段にファイルやらがぎゅう詰めになっていたのは先程開けた拍子に見えたから知っていたが……。



大将が“燃料”と呼ぶそれらが山積みになった引き出しはその更に下の段。一番深めに作られた引き出し目一杯に詰められていたのは、文字通り菓子の山だ。


貰ったばかりの中身を取り出して前から入っていた物から取り出そうとした大将の手を反射的にパシッと乾いた音を響かせながら掴んで待ったをかける。


どおりで此処に通っていた頃の夕餉は普段よりも少なかった筈だと今頃になって納得した。



「……薬研、私頑張った」

「知ってるさ。だからやらんとは言ってないだろ…」



珍しくも自分から頑張ったご褒美をと強請る大将に悪い気はしないものの、彼女が手を伸ばした先にあったのは大袋だ。そんなもの食ったら確実に夕餉なんざ入らんだろと内心呆れるも、恐らくわざとだろうが、俺が弱いと解っていながら無言の訴えをしてくるもんだからこのまま許しちまうのもありかとせめぎ合っているのもまた事実で…。





「んふふー♪薬研、好きだよー?」

「はいはい。解ったから、全く……」



結局どうなったかって…?



ご満悦な表情を浮かべる大将を見れば一目瞭然だろうが、止めの“薬研、…おねがい”と首を傾げつつ言われた時点で俺の敗けが決まったも同然。少しでも揺らいだ隙に狙ってた袋を開けちまった大将を見て諦めた俺が半分だけという条件で許したのは数分前のこと。



毎度の様にとっ散らかして食べる大将の為、書類が置かれていた場所を空けてやれば案の定ポロポロと破片が机の上に溢れていて…。

これが外であったなら蟻達が群がってただろうななんて現実逃避をしつつ、大将に勧められるがままに俺も袋に入った最中を口に放り込む。




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「あ、そーいや手紙あったんだっけ…?」


忘れてたとお八つの時間も終えた頃になって柚琉の旦那から渡された袋に入っていた手紙を出した大将は、四つ折りにされたそれを読み始めるなり口数が減っていき…




「薬研、ちょっとここで待ってて。拒否権無し!えっと、なんて言うんだっけ……?

しめ?しゅ…?あぁ、しゅめーだ!しゅめー!!」

「は…?あ、おいッ!!」



ほら、長谷部が一時煩かった言葉…!と必死に思い出そうとする中、先に思い当たった答えを教えてやろうと思えばそれよりも早く自力で見つけ出した様だ。片言ではあったものの宣言した大将は、すぐ戻るからと叫びつつ足早に部屋を出て行ってしまった。




「…俺は何も見てない。何も聞いてないぞ」


後ろから溜息混じりに低く呟かれた言葉は俺と共に部屋に残された熊谷の言葉だ。書類に書き込んでいた手を両耳に当て、一切此方を見ようともしない素振りとその言葉から察するに、大将に気がつかれず、尚且つ彼女より先に戻って来さえすれば見逃してくれるということだろう…。


「厠にでも行ってくる」


扉を開けつつ、大将が脱走時に頻繁に使っている台詞を借りて言い残した俺は、出て行ったばかりの彼女の気配を追って後をこっそりつけることとするのだった。



薬研side end.
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