【過去】拍手

□拍手 U
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今は日付が変わったばかりの時刻。縁側に出て仰向けになって寝転ぶ私は、頭の中をリセットする為に目を瞑る。




「大将、こんなとこで横になっていたら風邪引くぞ」


軽い足音と共にやってきた薬研は私の横へと座り手に持っていた酒とつまみを彼の奥へと置いた。



「だいじょーぶ。寝てないから…」



そう言って私は横になっていた身体を起こしてその場に座ると、手酌をしようとしていた彼の手から銚子を奪い盃へと傾ける。


そんな私をみた彼は一瞬驚いた顔をするも、すぐに目を細めて礼を伝えてきた。


「ん?それ……まだ書いてなかったのか?」



それと言って指差す方を視線で追えば、先ほど迄私の頭を悩ませていた白紙のままの短冊とペンが置いてある。


「あー…うん。ごめんね?私用にって皆が持ってきてくれたのに…」


慣れないことはするもんじゃないよね!

おかげで頭から煙が出ちゃったよ…と冗談めかして言えば、彼も合わせてそりゃ悪かったなと笑って返してくれた。



今日の夕方、遠征から帰ってきた皆が持ち帰った大振りな笹を使って七夕を楽しむこととなったのだ。その際に、私用って渡されたそれは願い事が浮かばず日付が変わってしまった今も埋められずにいた。




「それにしても、大将がここまで無欲なお人だったとはな」


「別に無欲って訳じゃないんだよ?頭が良くなりたいなー…とか上手く立ち回れたら結果が変わってたかなー…とか願望もタラレバな後悔だってあるんだ。

ただ、願い事が…。ううん、不確かなそれに頼ることが苦手なだけ」



別に神様がいないと思ったことなどなかったし、現に私は付喪神様達とこの本丸で暮らしているのだ。今更疑う理由も、必要だってない筈なんだけど…。

なのに願掛けが出来ない。色々私にも事情があった、と言ってしまえばそれまでだが、小学生に上がる頃にはそれを止めてしまっていたと昔両親に聞いたが、何て可愛くないガキだったのだろう…と自分でも思うほどだった。


それは今でもそう。寧ろ悪化の一途を辿っているのではないだろうか…?






神様に願ったところで叶うことはないと早くから知っていた私は、願う暇があるなら自分が努力した方が夢が叶うとさらに知ってしまった。





(一緒に暮らす皆にも願い事を言えない、況してや思い浮かべることすら出来ない私は彼らを信用していない証拠なのだろうか……?)



話を聞いていた薬研が片膝を立てて盃を傾けながらくつくつと笑う姿はいつまでも見ていたいと思ってしまう程、綺麗でさまになっていた。

「そうか、そうか。願い事が思い浮かばないなら心配する必要もねぇな…。

だって願うこともなく今が幸せってことだろ?大将。



何なら俺っちが大将の代わりに願っといてやるぜ…?

遥陽。アンタのその幸せが未来永劫続きます様に…とな」


(そっか、悩むまでもなかったのか…)

ストンと彼の言葉が心に落ちてきてそれに納得する。だが一点だけ…



「そりゃーいい。神様に願って貰えるなんてこんな嬉しいことはないからね!でも……、




キミの願いを叶えていいのは、カミサマでは無い。…審神者である私だ」


私の幸せが続けと願ってくれる彼の為に、私は皆と過ごす幸せを続けてやる。私の為、彼の為に…。



先ほど迄のちっぽけな悩みなんて吹き飛んでしまった私は、薬研と空に輝く星を見上げながらその願いを絶対に叶えてやろうと今年逢瀬を重ねたであろう二人へと誓ったのだった。


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