短編夢小説6

□泣いて、
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「この盗人の餓鬼め!!」
「なんだその生意気な目は!!」

道端に倒れ込み、激しく咳き込む。
街の人々は優しさなんてない。
盗人の子供だと言い、殴り、蹴り、罵倒してくる。
そうするのが正義だと思っているのだ。

父は首を切られて死んだ。
まだそこに首が転がっている。
でも父は盗人ではない。
濡れ衣を着せられた。
そう何度も訴えたけど聞いてもらえなかった。
だから父は死んでしまった。

母は川へ投げ入れられた。
まだそこで浮いている。
顔を川面にくっつけて、ぴくりとも動かない。
盗人の父の女だと言って殺された。

今度は僕の番だ。
僕が殺される番。
そしたら終わる。

盗人はしめしめと喜び、街の人は成敗したと喜び、丸く収まる。
ただ僕の家族だけが世界からいなくなるのだ。

「盗人ならこいつらではないか?」

綺麗な声がした。
声がしたほうを見れば、見た目も綺麗な男性が顎で指し示している。
そこには紐でしばられた男がいた。
男からぼろぼろと盗んだものがこぼれている。

「子供を傷つけ、その両親までも殺すとはどちらが盗人、いや罪人か」
「もういいよ」

覇気迫る物言いだが、怒ったって仕方がない。
もう起こってしまったことは戻らない。

「もう、いいんだ」


/


首を切られた父と溺死した母。
一人ぼっちになった僕は何日か街で暮らしていた。
けど子供だけでは生きられるはずもなく、膿んだ傷のせいで高熱に見舞われた。


「大丈夫ですか?」
「あ、なたは…?」
「私はキム・ユンソン。あの日あなたを助けた者の友人です」
「ここはいったい……?」
「王宮内の一角です。世子様の一存で保護されています」


至れり尽くせり。
そう言葉にすれば聞こえがいいが、ただの子供にそんなことすれば世子の評判が悪くなるのではないか?
一体この国の世子は何を考えているのだ。

「おかしなお方だということはわかりました」
「まぁ、そうかもしれませんね。でもとても心優しいかたです」
「そうですね」

どこか雲をつかむような男だ。
表情も仕草も浮世離れしている。

「ところでなぜ男の格好をしているのですか?」
「さあね。その理由は死んだ両親しか知らない」
「それは本当か?」
「世子様」
「嘘を申してどうするのです」

ユンソンの隣に腰を下ろした世子は傷を覆う布を避け、頬に触れる。
まだ熱が高そうだ。

「チェ家の娘ではないか?」
「旅商売をしていたチェの娘だが、それがなにか」
「王家にもいい品を持ち込んでくれていた。贔屓にすると言ったが、誰でも平等に買える店だと言われ、断られたのだ」
「だからなんだ」
「娘は売り物じゃないのか」
「!」
「そう言われていたのではないか?」
「なんだ、お前は」
「両親はそんな娘を守ろうとしていたのだろうな」

世子は僕の手に袋を持たせた。
中身を見なくてもわかる。
一生手にすることのない金貨だ。

「生きろ。それが私ができる唯一のことだ」
「なにを……」
「ユンソン、そこまで送ってやってくれ」
「はい」
「世子様」

名を呼んだが、振り返ることなく去っていってしまった。


/


ユンソンと共に王宮を出る。

「大丈夫そうか?」
「どうだろう」
「名は?」
「……なくした」
「自分に合う名は探せそうか?」
「生きるよ。それまで」

泣いていた。
父は首を切られ、母は川へ浮いた。
娘は世子に救われ、縁をつくった。

「いつかあなたに絵を描いてもらいたい」
「なぜそれを」
「あなたの服からは筆のにおいがする」

立ち去ろう。

「ありがとう」

立ち去ろう。
甘えてはいけない。

「約束しよう。いずれどこかで会ったときは、そなたを描こう」

泣かないと決めた。
だから今日だけは、今だけは、泣こう。
そう決めた。


-fin.



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